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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3940号 判決

原告

イー・アイ・デュポン・ド・ネモアース・アンド・コンパニー

被告

日本無機化学工業株式会社

右当事者間の昭和五六年(ワ)第三九四〇号特許権侵害差止等請求事件について、裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、原告に対し、三九一四万〇五〇二円及び内金一三四七万四七二〇円に対する昭和五六年四月一六日から、内金一三八六万五七八二円に対する同五九年九月一一日から、内金一一八〇円に対する同六一年十月九日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三億八三二三万一八〇〇円及び内金一億一七九〇万三八〇〇円に対する昭和五六年四月一六日から、内金一億六二〇七万八〇〇〇円に対する同五九年九月一一日から、内金一億〇三二五万円に対する同六一年一〇月九日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の(一)、(二)の特許権(以下(一)の特許権を「本件特許権(一)」、その特許発明を「本件発明(一)」、(二)の特許権を「本件特許権(二)」、その特許発明を「本件発明(二)」という。)を有していた。

(一) 特許番号 第六九九三一〇号

発明の名称 シリカ被覆クロム酸鉛顔料

出願 昭和四一年一〇月四日

一九六五年一〇月五日およひ一九六六年六月八日の各アメリカ合衆国出願に基づく優先権主張

出願公告 昭和四六年三月一〇日

登録 昭和四八年八月九日

(二) 特許番号 第九五二〇六五号

発明の名称 クロム酸鉛顔料およびその製法

出願 昭和四三年一一月七日

一九六七年一一月八日のアメリカ合衆国出願に基づく優先権主張

出願公告 昭和四六年一〇月一二日

登録 昭和五四年五月二五日

2  本件発明(一)及び本件発明(二)の特許出願の願書に添付した明細書(以下それぞれ「本件明細書(一)」、「本件明細書(二)」という。)の特許請求の範囲の記載は、それぞれ本判決添付の特許公報(以下本件発明(一)の特許公報を「本件(一)」、本件発明(二)の特許公報(補正後のもの)を「本件公報(二)」という。)の該当項記載のとおりである。

3(一)(1) 本件発明(一)は、次の構成要件から成るものである。

A クロム酸鉛顔料と、

Bイ その顔料の各粒子の表面に実質的に連続した皮膜の形で存在する

ロ 全重量当たり少なくとも二%の

ハ 濃密な

ニ 不定形シリカ

C クロム酸鉛顔料組成物。

(2) 本件発明(一)は、次の作用効果を奏する。

クロム酸鉛を主成分とするクロム酸鉛顔料は、種々の色調の顔料として公知であるが、イ アルカリ及び酸に対し不安定、ロ 硫化物の存在による色付け、 ハ 露光又は加熱による黒変等の欠点を有していたところ、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料組成物は、前(1)の構成により、従来提案されたシリカ被覆顔料組成物に比して、外部物質に対する浸透阻止性が大きく(本件公報(一)三頁五欄四三行以下)、そのため、アルカリ、酸及び硫化物に対する感応性が減少し、かつ、露光や加熱を原因とする変色に対する抵抗性が改善されており、従来利用することができなかつた各種分野、例えば、ペイント、印刷インク、プラスチツク及び床タイルなどの分野にも使用することが可能となつたのである(本件公報(一)六頁一一欄四二行以下)。

(二)(1) 本件発明(二)は、次の構成要件から成るものである。

A 全重量に基づき約二~四〇重量%の緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させた、

B 顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して、それぞれ粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%を含むクロム酸鉛顔料粒子から実質的に成り、

C 光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び特に二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色及び摩擦に対し抵抗性を持つ、

D 改良クロム酸鉛顔料。

(2) 本件発明(一)は、次の作用効果を奏する。

実質的に連続した緻密な無定形シリカの皮膜を被覆したクロム酸鉛顔料は、熱及び化学的作用に対し優れた安定性を示すが、例えば、ポリスチレン、ポリエチレンなどのような熱塑性樹脂の着色にクロム酸鉛顔料を使用する場合は、乾燥したクロム酸鉛顔料を粒状の熱塑性樹脂と混合して均質になるまで激しくかき混ぜるのであるが、このように液体媒質中で摩擦作用を加えるときに、クロム酸鉛顔料収支の凝集体(クラスター又はアグロメレート。以下単に「凝集体」という。)が破壊され、それによりシリカ又はシリカーアルミナの皮膜がいろいろな程度に剥離若しくは除去されて、同顔料の化学的、熱的抵抗力及び光に対する抵抗力が劣化するという欠点があつたところ、本件発明(二)は、クロム酸鉛顔料粒子のサイズに特殊な限定を設けることにより右のようなシリカ被覆クロム酸鉛顔料の欠点を解決したものである。

4  被告は、昭和五三年九月一日から同六一年九月末日までの間、別紙目録のA、B記載のクロム酸鉛顔料組成物(以下同目録A記載の商品名の製品を「被告製品(一)」、同目録B記載の商品名の製品を「被告製品(二)」といい、これを総称するときは単に「被告製品」という。)を製造販売している。

5(一)  被告製品は、次のとおり、本件発明(一)の構成要件をすべて充足し、本件発明(一)の技術的範囲に属する。

(1) 本件発明(一)の構成要件Aのクロム酸鉛顔料とは、クロム酸鉛を主成分とする顔料の総称であり、その代表例は、割合に純粋なクロム酸鉛から成る顔料、クロム酸鉛と硫酸鉛との固溶体から成る顔料、クロム酸鉛とモリブデン酸鉛との固溶体から成る顔料等であるところ(本件公報(一)一頁二酸二行ないし一三行、二頁四欄一〇行ないし一五行)、被告製品(一)の顔料は、別紙目録のA(1)記載のとおり、クロム酸鉛顔料(表面に酸化セリウムが沈着されているものを含む。)であり、被告製品(二)の顔料は、クロム酸鉛を主成分としモリブデン酸鉛を含むものであるから、いずれも本件発明(一)の構成要件Aを充足する。

(2) 本件発明(一)の構成要件Bのニにいう「不定形シリカ」とは、無定形シリカと同義であり、X線回折において結晶性シリカの存在を検出しないシリカ(Sio2)をいい(本件公報(一)三頁五欄三一行ないし三三行)、また、本件発明(一)の構成要件Bのイ、ニにいう「実質的に連続した皮膜の形で存在する・・・不定形シリカ」の要件のうち、「連続した皮膜」とは、本件発明(一)の特許出願当時通常使用されていた倍率の電子顕微鏡(例えば、倍率三万八〇〇〇倍のもの)の解像力をもつて検知しうるような破断が存在しない不定形シリカの皮膜、すなわち、均一で滑らかな皮膜をいい、「実質的に」連続した皮膜とは、「完全に」連続した皮膜ということではなく、一部に多少の破断が認められても、アルカリ、酸及び硫化物に対する非透過性が先行技術のもの(例えば、本件公報(一)二頁三欄二一行ないし三七行記載のもの)に比して大であればよいということである。更に、本件発明(一)の構成要件Bのハにいう「濃密な」とは、その字句の示すとおり稠密(dense)ということであつて、電子顕微鏡で観察して、多孔質ゲル状シリカのように多数の空隙を有する粒状シリカが存しない皮膜ということである(本件公報(一)三頁五欄三三行ないし六欄五行参照)。なお、右にいう「多孔質」の構造とは、顔料粒子の表面に多数の不定形シリカの粒子が沈積されることによつて形成される不定形シリカ粒子の凝集塊が有する構造であり、シリカ粒子相互間に多数の空隙が存在する構造をいう。また、本件発明(一)の構成要件Bの「本質的に成る」とは、クロム酸鉛顔料とシリカ皮膜とを必須成文とする趣旨を表したものである。

これに対して、被告製品は、別紙目録のA、Bの各(1)、(2)記載のとおり、クロム酸鉛顔料粒子の表面に、全重量当たり約一六~二二%の不定形シリカの皮膜を有するから、本件発明(一)の構成要件Bのイ、ロ、ニの要件のうち、「その顔料の各粒子の表面・・・皮膜の形で存在する全重量当たり少なくとも二%の・・・不定形シリカ」の構成を具備する。また、被告製品は、京都大学化学研究所助教授小林隆史作成の昭和六〇年三月二二日付鑑定書(甲第一七号証の一ないし三。以下「小林鑑定書(一)」という。)の一〇万倍及び二〇万倍の倍率の電子顕微鏡写真による観察及びエネルギー分光型電子顕微鏡によるエネルギー選択像観察によつても、そのシリカ皮膜に破断が存しないし、また、均一で滑らかな輪郭を有しているので、別紙目録のA、Bの各(2)記載のとおり、「連続性の皮膜」で覆われており、したがつて、本件発明(一)の「実質的に連続した皮膜」の構成を具備する。更に、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子の表面の皮膜は、多孔質構造を形成するシリカ微粒子やその不定形凝集塊をほとんど含まない構造であつて、別紙目録のA、Bの各(2)記載のとおり、濃密な皮膜であるから、本件発明(一)の「濃密な」皮膜との構成を具備する。なお、被告製品の不定形シリカの皮膜は、別紙目録のA、Bの各(1)記載のとおり、全重量当たり約一~三%のアルミナを含んでいるが、本件明細書(一)に、「所望に応じて加えるアルミナは、それだけでシリカ上に沈積させるか、あるいは皮膜中のシリカの一部とアルミナとを結合させて沈積させる。」(本件公報(一)二頁四欄六行ないし九行)と記載されているところから明らかなように、少量のアルミナを含んでいても、本件発明(一)の構成要件Bにいう皮膜に含まれる。また、別紙目録のA記載の製品中には、クロム酸鉛顔料粒子の表面に酸化セリウムを沈積させたものがあるが、これは、単なる付加にすぎない。したがつて、被告製品は、本件発明(一)の構成要件Bを充足する。

(3) 被告製品は、別紙目録記載のA、B記載のとおり、クロム酸鉛顔料組成物であるから、本件発明(一)の構成要件Cを充足することは明らかである。

(二)  被告製品は、次のとおり、本件発明(二)の構成要件をすべて充足し、本件発明(二)の技術的範囲に属する。

(1) 本件発明(二)の構成要件Aは、シリカの重量に上限が設けられているほかは、本件発明(一)の構成要件Bの各(1)、(2)記載のとおり、クロム酸鉛顔料組成物の全重量の約一六~二二重量%の不定形シリカが皮膜としてクロム酸鉛顔料粒子の表面を覆つており、本件発明(二)の構成要件Aの「全重量に基づき約二~四〇重量%の・・・無定形シリカを・・・皮膜としてその表面上に沈着させた」の構成を具備する。また、被告製品は、前述のとおり、小林鑑定書(一)の電子顕微鏡写真の観察及びエネルギー選択像の観察によつても、そのシリカ皮膜に破断が存しないし、均一で滑らかな輪郭を有しているので、別紙目録のA、Bの各(2)記載のとおり、「連続性の皮膜」で覆われており、したがつて、右構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備する。更に、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子の表面の皮膜は、多孔質構造を形成するシリカの微粒子及びその不定形凝集塊をほとんど含まない構造であつて、別紙目録のA、Bの各(2)記載のとおり、濃密な皮膜であるから、右構成要件Aの「緻密な・・・皮膜」の構成も具備する。なお、被告製品の不定形シリカの皮膜は、別紙目録のA、Bの各(1)記載のとおり、全重量の約一~三%のアルミナを含んでいるが、本件明細書(二)に「このコーチングのち密な無定形シリカは、所望によりアルミナと併用することもできる。」(本件公報(二)二頁三欄二六行ないし二八行)と記載されているところから明らかなように、少量のアルミナを含んでいても、本件発明(二)の構成要件Aにいう皮膜に含まれる。また、別紙目録のA記載の製品の中には、クロム酸鉛顔料粒子の表面に酸化セリウムを沈積させたものがあるが、これは、単なる付加にすぎない。したがつて、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Aを充足する。

(2) 本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)に「コロイドミリングした後すぐこのスラリを10等分し、それぞれを・・・遠心分離する。次に、この遠心分離管に沈積しなかつたスラリをデカンテーシヨンし、乾燥し、秤量する。また、沈積した管から取り出し、洗浄し、乾燥した後秤量する。」(本件公報(二)九頁一八欄三三行ないし三九行)、「ストークス則に基づく数学方程式を用い、これに遠心作用を代入することによつて(ニユーヨーク、インターサイエンス・パブリツシヤーズ、インコーポレーテツド1955年発行、R.D.Cadlの著「パーチクル(「パークチル」は「パーチクル」の誤記と認められる。)・サイズ・デターミネーシヨン(Pargicle Size Determination)」参照)、前記の結果を、顔料粒子の「ストークス・エクイバレント・ダイアメーターズ(Stokes Equivalent Diameters)」として表すことができる。」(本件公報(二)一〇頁一九欄一〇行ないし一九行)と記載されているように、遠心分離処理を含むデカンテーシヨン法を用い、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式に従つて、顔料粒子のストークス・エクイバレント・ダイアメーターズを求めるという方法である(以下本件発明(二)の右粒子サイズ測定方法を「本件遠心沈降法」という。また、右の顔料粒子の粉末度については、一般に「粒度」、「粒径」などの用語も使用されているが、以下本件遠心沈降法により測定された粒子のサイズを意味する用語として「粒子サイズ」の用語を使用する。)。また、粒子サイズが一・四μ以下又は四・一μ以上のものが全体に対し占める割合は、顔料組成物のスラリーを遠心分離管に採り、これを所定の角速度のもとに、粒子サイズ一・四μ又は四・一μの粒子が沈降するに要する所定の時間遠心分離処理し、遠心分離管に沈積(沈降)しなかつたスラリー(上澄液)をデカンテーシヨン法により沈積した部分と分離し、右上澄液中の顔料組成物粒子の重量〔D〕と右沈積した部分の顔料組成物粒子の重量〔S〕とを秤量することにより、次の式に従つて求めることになる。

直径1・4μ以下の粒子の%=D÷(SD)100

直径4・1μ以下の粒子の%=S÷(SD)100

これに対して、被告製品は、別紙目録のA、Bの各(3)記載のとおり、本件発明(二)と同一の測定法により測定したストークス・エクイバント・ダイアメーターズが四・一μ以上のものが一〇%以下、一・四μ以下のものが五〇%以上である粒子サイズ分布を有するものである。そして、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料組成物の粒子サイズが、この組成物中の粒子からシリカの皮膜を取り去つた粒子のサイズよりも大きいことは明らかであるから、被告製品のシリカ被覆されているクロム酸鉛顔料粒子が、構成要件Bで規定している粒子サイズ分布の要件を充足している以上、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーの粒子サイズ分布が、本件発明(二)の構成要件Bを充足していることは明らかである。また、小林鑑定書(一)は、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布とシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布との間に高度の相関性があることを本件遠心沈降法により確認し、更に、測定に使用する分散剤の適否、粒子サイズ測定に当たつて使用する試料の濃度、超音波分散法の当否について、詳細に実験したうえで、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを本件遠心沈降法により測定し、その結果は、別紙(二)のとおりであることを確認しているが、右によつても、被告製品が、本件発明(二)の構成要件Bを充足するものであることは明らかである。

(3) 被告製品は、別紙目録のA、Bの各(4)記載のとおり、不定形シリカの皮膜で覆われていないクロム酸鉛顔料と比較して、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱組成樹脂と接触した際の変色に対して増大した抵抗性を持ち、かつ、右(2)のような粒子サイズ分布を有するが故に、このような粒子サイズ分布を有しないクロム酸鉛顔料組成物に比して、摩擦に対する抵抗性が大であるから、本件発明(二)の構成要件Cを充足する。なお、被告製品が右のような特性を有することは、被告製品のカタログ(甲二二号証)からも明らかである。すなわち、右カタログには、被告製品について、シリカ被覆処理をしていないクロム酸鉛顔料と比較して、「耐熱性が特に強化されています。」、「耐酸、耐アルカリ性が優秀であります。」、「耐硫化水素性に優れ、ほとんど黒変しません。」、「耐光(候)性が優れています。」と記載されており、しかも、耐熱性については、「二二〇℃ 四時間ライン材テスト」の結果として特に強化されていると記載されているところ、本件発明(二)の構成要件Cにいう「抵抗性」は、当業者が通常理解する意味での抵抗性であるから、被告製品が本件発明(二)の構成要件Cの構成を具備することは、右カタログからも明らかである。

6  被告は、前4の期間、故意又は過失により被告製品を製造販売して本特許権(一)は本件特許権(二)を侵害したものであり、これにより、原告が被つた次の損害を賠償すべき義務を負担した。

(一) 原告は、被告に対し、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額(以下「実施料相当額」という。)の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ(特許法一〇二条二項)、原告は、訴外菊池色素工業株式会社(以下「菊池工業」という。)に対し、本件特許権(一)及び本件特許権(二)について実施許諾を与えており、その実施量は、一kg当たり三五〇円であるから、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料相当額は、製品一kg当たり三五〇円が相当である。そして、被告製品の販売数量は、(1)昭和五三年九月一日から同五五年一二月末日までの期間については、同五三年九月一日から同年一二月末日までの間が一〇万六二三六kg、同五四年一月一日から同年一二月末日までの間が一一万〇三二二kg、同五五年一月一日から同年一二月末日までの間が一二万〇三一〇kgであるから、合計で三三万六八六八kg、(2)同五六年一月一日から同五八年一二月末日までの期間については、同五六年一月一日から同年一二月末日までの間が一六万七九八〇kg、同五七年一月一日から同年一二月末日までの間が一五万四三六〇kg、五八年一月一日から同年一二月末日までの間が一四万〇七四〇kgであるから、合計で四六万三〇八〇kg、(3)同五旧年一月一日から同六一年九月末日までの期間については、同五九年一月一日から同年一二月末日までの間が一二万kg、同六〇年一月一日から同年一二月末日までの間が一〇万kg、同六一年一月一日から同年九月末日までの間が七万五〇〇〇kgであるから、合計で二九万五〇〇〇kgである。したがつて、被告が原告に支払うべき実施料相当額は、三五〇円に右の被告製品の販売数量を乗じた金額であるから、右(1)の期間について一億一七九〇万三八〇〇円、右(2)の期間について一億六二〇七万八〇〇〇円、右(3)の期間について一億〇三二五万円である。

仮に、一kg当たり三五〇円という実施量が本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料相当額に当たらないとしても、クロム酸鉛顔料が属する無機化学の分野での実施料率を参考としてみるに、例えば、社団法人発明協会発行の「実施料率(第三版)」(乙第三一号証の一ないし四)によれば、イニシヤルペイメントのない場合の実施料率は、昭和四三年から同五二年までの全五一件中、実施料率が販売価格の一〇%である例が五件存在するのであり、これに菊池工業に対する本件発明(一)及び本件発明(二)の実施料の具体例として一kg当たり三五〇円の例が存在することをも加味すれば、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料率は、被告製品の販売価格の一〇%と考えるのが相当であり、そして、被告製品の販売価格は、一kg当たり少なくとも八〇〇円を下ることはないから、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料相当額は、一kg当たり少なくとも八〇円である。また、仮に、右実施料率が相当と認められないとしても、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料率は、右「実施料率(第三版)」に記載されているように、無機化学の分野でのイニシヤルペイメントがない場合の実施料率の平均値である五%を下回ることはないというべきである。

(二) 仮に、右(一)の一kg当たり三五〇円の実施料相当額を原告が受けた損害とすることができないとしても、原告は、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を原告の損害として請求することができるところ(特許法一〇二条一項)、その利益の額は、一kg当たり三五〇円を下らない。

(1) 文書提出命令の不提出の効果について

原告は、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を立証するために、裁判所に文書提出命令の申立てをし(昭和六一年(モ)第六五二九号)、昭和六二年二月一八日に「被告は、昭和五三年九月一日から昭和六一年九月末日までの被告製品に関する(1)決算報告書、営業報告書、(2)総勘定元帳、(3)出荷台帳、売上帳及び仕入帳、(4)製造原価計算書類、(5)その他名称のいかんを問わず、売上高、原価計算及び利益額を示す書類を昭和六二年二月末日までに提出せよ。」との決定(以下「本件文書提出命令」という。)を得た。しかるに、被告は、貸借対照表と損益計算書のごく簡単なものが記載されている営業報告書と、貸借対照表と損益計算書がやや詳しく記載されているほか、一般管理費及び販売費明細書と製造原価報告書が掲載されている営業報告書を提出するのみで、本件文書提出命令に記載されたその余の書類を提出しない。したがつて、右事実によれば、民事訴訟法三一六条の規定により、被告が昭和五三年九月一日から同六一年九月末日までの間に被告製品を製造販売して得た利益の総額は、一kg当たり三五〇円、合計三億八三二三万一八〇〇円であるとの原告の主張は、真実と認められるべきである。なお、原告は、右の文書提出命令の申立てにおいて、証すべき事実を「昭和五三年九月一日から昭和六一年九月末日までの間の被告製品の各年度ごとの製造販売数量、右製造販売により被告の得た各年度ごとの利益」としているが、文書が挙証者の手の届かない範囲にある場合には、立証趣旨についての細かな特定はできなくともよいと解すべきである。

(2) 仮定的主張

仮に、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額が一kg当たり三五〇円との主張が認められないとしても、被告と同業者である訴外東邦顔料工業株式会社(以下「東邦顔料」という。)が被告製品と同じく本件発明(一)及び本件発明(二)の技術的範囲に属する製品を製造販売したことにより得た利益の額をもつて、被告が得た利益の額を推定することができるものというべきところ、東邦顔料は、昭和五三年一月一日から同六〇年三月までの間に、同社の右製品の製造販売行為により、別紙(三)の東邦顔料利益額一覧表記載のとおり五億三七一三万九四七三円の利益を得ているところ、この間の同社の販売数量は三五七万九五七二kgであるから、一kg当たり平均一五〇円の利益を得ているものである。したがつて、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額が右金額を下回ることはないと考えられる以上、被告の得た利益の額は、昭和五三年九月一日から同五五年一二月末日までの間は、一五〇円に三三万六八六八kgを乗じて得られる五〇五三万〇二〇〇円、同五六年一月一日から同五八年一二月末日までの間は、一五〇円に四六万三〇八〇kgを乗じて得られる六九四六万二〇〇円、同五九年一月一日から同六一年九月末日までの間は、一五〇円に二九万五〇〇〇kgを乗じて得られる四四二五万円である。

なお、特許法一〇二条一項の規定は、損害の額を推定するものであり、損害の発生まで推定するものではないのであるが、原告は、現実に本件発明(一)及び本件発明(二)に基づき顔料事業を遂行しており、被告製品と同じ道路標示用の顔料についていつでも参入することができる状態であつたのであるから、本件には特許法一〇二条一項の規定を適用することができるのである。また、原告は、昭和五九年三月末日をもつて顔料事業家ら撤退したが、同日以降の損害についても、はじめから顔料事業を営んでいなかつた場合とは異なり、被告と競合関係にあつた以上、特許法一〇二条一項の規定の推定は働くものというべきである。特に、本件において、原告が顔料事業家ら撤退するに至つたのは、被告が本件発明(一)及び本件発明(二)の侵害品である被告製品を安値で販売したことにより、原告の事業の採算が悪くなつたためであり、被告による侵害品の販売がなければ、少なくとも被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額に相当する利益を得ていたといいうる場合であるから、なお更である。

7  よつて、原告は、被告に対し、本件不法行為により原告が被つた前6の損害、すなわち、前6(一)(1)の期間の一億一七九〇万三八〇〇円、同(2)の期間の一億六二〇七万八〇〇〇円、同(3)の期間の一億〇三二五万円の合計三億八三二三万一八〇〇円及び内金一億一七九〇万三八〇〇円に対する不法行為の後の日である昭和後六年四月一六日から、内金一億六二〇七万八〇〇〇円に対する不法行為の後の日である昭和後九年九月一一日から、内金一億〇三二五万円に対する不法行為の後の日である昭和六一年一〇月九日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求の原因1、2の事実は認める。

(二)(1)  同3(一)(1)の事実は否認する。

同3(一)(2)については、本件明細書(一)にその旨の記載があることは認めるが、同項にいう作用効果は、本件発明(一)によつて初めて達成されたものではなく、本件発明(一)は、英国特許第七三〇、一七六号(以下同特許に係る発明を「クレイ発明」という。)の明細書「日本特許庁昭和三七年一月四日受入れ。乙第一号証)及び米国特許第二、八八五、三六六号(以下同特許に係る発明「アイラー発明」という。)の明細書(日本特許庁昭和三四年八月二六日受入れ。乙第二号証)により、その特許出願前から既に公知となつている。

(2) 同3(二)(1)の事実は認める。同3(二)(2)の事実は知らない。

(三)  同4については、被告が原告主張の期間に被告製品を製造販売したことは認めるが、被告製品が別紙目録記載の組成及び構造であることは否認する。

(四)  同5の事実は否認する。

(五)  同6については、同6(一)(1)ないし(3)記載の期間における被告製品の販売数量が原告主張のとおりであること及び被告製品の販売価格が1kg当たり八〇〇円であることは認め、その余の事実は否認する。

2  本件発明(一)の構成要件B及び本件発明(二)の構成要件Aについて

(一) 本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な」、「実質的に連続した皮膜の形で存在する」との構成は、いずれも極めて漠然とした表現であり、右記載からは、物の発明としてその技術的内容を特定しえない。しかも、本件明細書(一)の発明の詳細な生命の項をみても、(1)「実質的に」の構成については、「実質的に連続した塗膜」との記載が一箇所あるだけで(本件公報(一)一頁一欄二五行)、その説明がないので、「実質的に」の意味を理解することはできない。また、(2)「濃密な」、「連続した皮膜の形で存在する」の構成については、本件明細書(一)の発明の詳細な説明の項において、「電子顕微鏡により、前記の皮膜中に粒子が存在する証拠、および皮膜が破断している証拠は認められなかつた。このことから、この皮膜は連続性で濃密であることがわかる。この濃密度は、またこれまで知られているシリカゲルで被覆した顔料と対比させることができる。この既知の顔料は、電子顕微鏡はもちろん普通の顕微鏡で観察してさえも、被覆層が多孔質でかさ張つた性質を持つことがわかる。」(本件公報(一)三頁五欄三四行ないし四二行)と記載されているのみであり、右記載中、「粒子が存在している証拠」、「飛躍が破断している証拠」がいかなるものか、その意味する内容が明らかではなく、また、この二つのことが、「連続した被覆」、「濃密な」の構成とどう関係するのかも不明である。更に、電子顕微鏡の倍率についても特定されていない。なお、右記載中の「この濃密度は」以下の部分は、既知顔料の一種にすぎない「シリカゲルで被覆した顔料」(本件公報(一)二頁三欄二五行ないし二九行の記載によれば、米国特許第二、二九六、六三八号(以下同特許に係る発明を「ハナハン発明」という。)記載の顔料と思われる。)の性質とは異なると述べているにすぎず、「濃密な」の構造がいかなるものかの積極的な定義を読み取ることはできない。原告は、「実質的に」連続した皮膜とは、「完全に」連続した被覆ということではなく、一部に多少の破断が認められても、アルカリ、酸及び硫化物に対する非透過性が先行技術のもの(例えば、本件公報(一)二頁酸欄二一行ないし三七行記載のもの)に比して大であればよいということであると主張するが、本件発明(一)は、「実質的に連続した」との特定構造を採ることにより、本件発明(一)記載の作用効果を奏するものであるから、作用効果から発明の構成を特定しようとすることは、技術的範囲を不当に拡大し、作用効果の独占を図るものであり許されない。また、原告は、「連続した皮膜」の構成は、均一で滑らかな皮膜をいうと主張するが、「均一」及び「滑らかな」の意味は不明である。なお、「濃密度」については、前述のとおり、本件明細書(一)に「被覆層が多孔質でさか張つた性質を持つ」ものと対比することができる旨の記載が存するが、右記載は、のうみつの度合についての対比について述べたものにすぎず、「濃密」自体について、いかなる構成を意味するのか明らかにしたわけではない。以上によれば、「実質的に連続した皮膜」及び「濃密な」の要件については、本件明細書(一)の記載上、その構成が不明である。また、本件発明(二)の構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」、「緻密」の構成については、本件明細書(二)の発明の詳細な説明の項においてその説明が一切存しないので、物の発明の構成としてその技術的内容を理解することができない。

これに対して、別紙目録のA、Bの各(1)、(2)の記載は、被告製品の顔料組成物、皮膜の構成を客観的に特定するに足りるようには記載されないない。以上によれば、別紙目録のA、Bの各(1)、(2)の記載の構造を有するとの立証もない。すなわち、小林鑑定書(一)は、次に述べるとおり、被告製品のシリカ皮膜が実質的に連続した濃密な皮膜であることを立証するものではない。(1)本件明細書(一)には、「電子顕微鏡写真により、前記の皮膜中に粒子が存在する証拠、および皮膜が破断している証拠は認められなかつた。このことから、この皮膜は連続性で濃密であることがわかる。」(本件公報(一)三頁箇欄三四行ないし三七行)と記載されているが、小林鑑定書(一)の資料3及び7の被告製品の電子顕微鏡写真には、明らかに皮膜中に粒子が存在し、あるいは皮膜が破断していることが撮影されており、被告製品の皮膜は、「連続した濃密な皮膜」ではない。なお、電子顕微鏡写真でみてシリカ皮膜が欠落しているということは、三次元物質である粒子の皮膜の欠落としては、かなりおときな裂け目が存在するということである。また、(2)小林鑑定書(一)は、「シリカ皮膜の形成に寄与しなかつたシリカが微粒子となつてしばしば顔料粒子表面に凝集付着している。しかも電子顕微鏡写真の技術的未熟さが皮膜とそれに付着したシリカ粒子の区別をあいまいなものにしている場合があり、そのため一見不連続な膜が存在しているのではないかという疑問が生じることもあると思われる。」(同書二三頁一九行ないし二四頁一行)と弁明しているが、この意見によれば、電子顕微鏡写真によつて「連続した濃密な皮膜」を確認することは適切ではないということになり、これは、本件明細書(一)の前述の記載に反するものである。更に、(3)京都大学化学研究所助教授小林隆史作成の昭和六一年六月三日付鑑定書(第2)(甲第二三号証。以下「小林鑑定書(二)」という。)には、「小林鑑定書(一)の電子顕微鏡写真は、いずれも被告製品の皮膜が一様なガラス状の連続膜であつて粒子の集合体ではないことを示している。」との意見が記載されているが、右の電子顕微鏡写真家らは、ガラス状の連続膜か否かは判定しえないし(京都工芸繊維大学工芸部教授荒川正文作成の補充鑑定書(乙第二四号証。以下「荒川補充鑑定書」という。)三頁一〇行ないし五頁四行参照)、皮膜の連続性について、本件明細書(一)の前述の記載から離れて、「ガラス状連続膜」により主張を展開しても意味がない。なお、小林鑑定書(一)のエネルギー選択像という方法は、本件明細書(一)及び本件明細書(一)の記載とは全く関連性を有しない。また、エネルギー選択像は、連続した皮膜でも破断がある皮膜でも、また、皮膜中に粒子が存在する場合でも、その厚さ方向から電子線が照射され、そのエネルギーロスの総和が像のコントラストを形成する以上、それらの二次元投影像は、連続してみえることが多く、三次元物質の形態的構造をその二次元投影像だけで決定することはできないのである(荒川補充鑑定書四、五頁)。

(二) 公知技術であるアイラー発明は、クロム酸鉛顔料を含む芯材に不定形シリカの濃密な実質的に連続した皮膜を形成する技術を開示しているから、本来、公知技術より新規性、進歩性を有するものとして特許が付与されている本件発明(一)は、アイラー発明とは異なる構成のものでなければならず、したがつて、本件発明(一)の構成要件Bは、アイラー発明のシリカ皮膜とは異なる構成のものであるところ、被告製品のシリカ皮膜は、アイラー発明のシリカ皮膜と同一の構成であるから、本件発明(一)の構成要件Bを充足しないものというべきであり、また、同構成要件と同じ構成を規定している本件発明(一)の構成要件Aも充足しない。すなわち、(1)アイラーはつめは、シリカ意外の固体物質である芯材の表面に不定形シリカの皮膜を形成したものであり、その芯材は適宜のものでよく、シリカの親和性を有しない芯材の場合でも、この芯材に前処理をしてシリカの親和性を持たせ、これにシリカ皮膜を形成するものである。また、(2)アイラー発明のシリカ被覆の方法は、活性シリカを芯材の水懸濁液中に添付して、この活性シリカ同士を重合させてシリカ皮膜を形成するのであるが、最も経済的な活性シリカの添付方法は、例えば珪酸亜鉛の上に形成することが述べられている(アイラー発明の明細書(乙第二号証)の訳文四〇頁下から二行ないし四一頁一五行)。以上のとおり、アイラー発明においては、芯材は、何であつても、その表面が金属珪酸塩か、あるいは金属酸化物又は芯材が珪酸イオンを含むアルカリ性溶液と接触した場合にその表面に金属珪酸塩の被覆を生じる金属化合物であればよいのである。おな、(4)無機顔料の代表的なものは、白色顔料では二酸化チタン及び亜鉛華、黄色顔料では黄鉛、橙色顔料では赤口黄鉛及びクロムバーミリオン、赤色顔料ではべんがら、青色顔料では群青であるが、このうちクロム酸鉛顔料に該当するものは、黄鉛、赤口黄鉛、クロムバーミリオンであり、その代表たる黄鉛は、一八〇九年に発明されたものであり、わが国でも明治一四年以来製造販売されている。黄鉛は、クロムイエローとも呼ばれ、苛性ソーダ溶液中で処理すると赤口黄鉛(塩基性クロム酸鉛)となり、塩基性酢酸あるいは硝酸鉛にクロム酸ソーダ及び硫酸を加えると黄口黄鉛となる。アイラー発明の明細書には、芯材としてクロム酸鉛そのもは記載されていないが、前述のとおり、アイラー発明の芯材は、その表面状態が金属酸化物あるいは金属珪酸塩であればよいのであるが、クロム酸鉛は、これを珪酸ナトリウムで処理すると金属珪酸塩の一つたる珪酸鉛がその表面に生成するし、また、クロム酸鉛を水酸化ナトリウムで処理した場合にも、その表面に水酸化鉛が生成し、これもシリカ皮膜と反応性を有し、珪酸鉛を生ずる。また、クロム酸鉛顔料は、実際の工業製品としては、その製造時の終了工程では、目的とする製品の結晶の安定化、色相の鮮明さを維持するために、過剰な鉛イオンを残し、この過剰鉛イオンを苛性ソーダあるいは炭酸ソーダで不溶化させ工業製品とするが当業者の技術常識である。したがつて、黄鉛の表面は、その製造方法からして、金属酸化物たる酸化鉛が比率的には多く存在する。また、赤口黄鉛は、右のとおり、黄鉛を苛性ソーダ溶液中で処理して、クロム酸イオンがアルカリ溶液中に溶出することを利用して製造されるのであるが、その表面部は、溶出せずに残る酸化鉛により、赤橙色を帯びる。したがつて、右赤口黄鉛の表面は、ほとんど金属酸化物たる酸化鉛によつて構成されている。(5)以上によれば、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明の明細書に直接開示されていないが、本件発明(一)の特許出願当時の当業者であれば、クロム酸鉛顔料も開示されているものと理解することは明らかである。原告は、後記三1(二)(1)において、アイラー発明は、芯材をシリカ被覆する際にシルカリ性条件下で処理するのに対し、アルカリ抵抗性がないクロム酸鉛顔料をアルカリ性条件下で処理することは、本件発明(一)の特許出願の優先権主張日においては、到底考えられなかつたことであるから、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明の芯材には含まれない旨主張するが、本件発明(一)及び本件発明(二)のクロム酸鉛顔料のうち、前述の赤口黄鉛(塩基性クロム酸鉛)は、アルカリに強く、かつ、このことは、「PAINTAND VARNISH PRODUCTION」(甲第一三号証)の五三頁左欄下から八行ないし五行にも明記されているように、右優先権主張日前において当業者に周知の事実がある。また、原告は、黄鉛がアルカリ性に対し抵抗性がないことから、黄鉛をクロム酸鉛顔料に置き換え、クロム酸鉛顔料はアルカリ性に対し抵抗性がないと主張しているのであつて、原告の右主張は、本件明細書(一)及び本件明細書(二)の記載に明確に反している。なお、ラルフ・デイ・ネルソン・ジユニア作成の宣誓供述書(甲第一四号証)には、クロム酸鉛顔料は、苛性ソーダを用いてアルカリ条件下で煮沸処理をするとオレンジ色に変色1するとの記載があるが、このオレンジ色への変色は、赤口黄鉛(クロムオレンジ)の製造方法として当業者に周知の方法である。また、アイラー発明の明細書においても、アルカリに弱い芯材は使えないと記載されているわけではなく、逆に、「蓮に不溶性で、珪酸イオンを含むアルカリ性溶液と接触した場合直ちに金属性珪酸塩の薄い被覆を生ずる様な数ある金属化合物」との同明細書の記載(乙第二号証の訳文七頁一〇行ないし一三行)は、芯材がアルカリ性用益に弱い場合に、その弱さを利用して直ちに芯材の表面をアタツクさせ、そこに存在する金属化合物を溶解し、溶液中の珪酸イオンの芯材表面の金属とを結合させて、金属珪酸塩を作るということであり、アイラー発明においても、アルカリに弱い芯材を使用することができるのである(黄鉛は、これに該当する典型例である。)さらに、アイラー発明の明細書には、「特殊な状況においてはph値の選定は基材質の性質によつて決るということを理解すべきである。例えば基材質がアルカリに浸食される様な場合、操作ph値は少なくとも最初は指定範囲の低い方に保つ様にしなければならない。芯表面に皮膜が形成され始めた後は必要ならばphを上げることができる。」(乙第二号証の訳文四頁五行ないし一〇行)と記載されており、芯材がアルカリに弱い場合として燐酸アルミニウムが示されている(同訳文七頁一四行、一五行)ように、アルカリに弱い芯材をアルカリ条件下で処理することは考えられないとの原告の主張は、アイラー発明の明細書の右記載と矛盾する。以上のとおり、クロム酸鉛顔料は、その表面に金属酸化物を有し、また、水に不溶性で生産イオンを含むアルカリ性溶液と接触した場合、直ちに金属珪酸塩の薄い被覆を生ずる金属化合物であり、アイラー発明の明細書に開示された芯材そのものである。また、原告は、後記三1(二)(2)において、クロム酸鉛顔料にアイラー発明と同一のシリカ皮膜を施すようになつたのは、アイラー発明の公開後数年を経て本件発明(一)が公開されてからであり、アイラー発明がクロム酸鉛顔料を開示していないことは、このことからも明らかである旨主張するが、クロム酸鉛顔料は、本件発明(一)の特許出願に係る優先権主張日前から道路用塗料として使用されており、常時太陽光にさらされるため変色するが、かつては変色しても塗り代えればよいと考えられていたところ、近年大量交通時代に入り、高価格になるとはいえ、道路用塗料について耐久性が要求されるようになつたため、アイラー発明に記載されたシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料が出現したのである。したがつて、右のクロム酸鉛顔料の出現は、技術自体はアイラー発明によるものであり、市場的には交通事情が近年大量化したことによるものである。更に、原告は、後記三1(二)(2)に置いて、被告の特許出願に係る発明の明細書(特公昭48-32415特許公報。甲第二〇号証。以下「被告公報」という。)に、アイラー発明においては芯材としてクロム酸鉛顔料を含まないことを明示している記載がある旨主張するが、被告公報は、本件発明(一)記載のシリカ被覆クロム酸鉛顔料の製造方法の改良方法として、同公報の特許請求の範囲記載の特定の具体的条件について特許請求したものにすぎず、原告が引用する部分は、何らアイラー発明にクロム酸鉛顔料が芯材として含まれていないことを示すものではない。なお、作用効果の点についても、アイラー発明の明細書には、その作用効果として、芯材の表面にシリカを被覆することにより、化学的抵抗性及びたいこ耐光性が改良されることが示されている。また、原告は、後記三1(二)(3)において、アイラー発明の明細書には光に対する抵抗性についての記載はない旨主張するが、同明細書には、チタン白顔料について、ウエザオメーターでの半減期(一定強度の光照射の下に糸の強靭度が元の値から半減するに要する時間)が、未処理のものが一五〇時間であるのに対し、実施例21のものが一四〇〇時間、同22のものが三〇〇〇時間、同23のものが一九〇〇時間である旨記載されており(乙第二号証の訳文七六頁ないし七九頁参照)、これは、シリカ被覆により耐光性が約一〇倍から二〇倍に改善されることを意味するのである。以上によれば、被告製品は、公知技術であるアイラー発明に含まれる構成のものであるから、公知技術とは異なるものであるはずの本件発明(一)の構成要件B及び本件発明(二)の構成要件Aを充足しない。

(三) 本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国出願に係る米国特許については、当初、クロム酸鉛顔料にシリカ被覆を施すことを特徴とするクレーム1ないし9は、アイラー発明のみによつても、また、ハナハン発明と結び付けても、特許性がないとして、すべてのクレームが拒絶され、これに対して、出願人である原告は、アイラー発明は、クロム酸鉛を開示していないし、クロム酸鉛の適用を示唆してもいないとの意見書を提出したが、審査官は、これに対しても、同様の理由により再度拒絶し、その結果、出願人である原告は、クレーム1ないし7を放棄し、クレーム8、9について、〇・二五~二%のアルミナをシリカ上に析出させるとの限定要件を付す補正を行い、そこで、このアルミナの限定要件のもとに本件発明(一)に対応する米国特許が成立したのである。以上の米国特許の出願経過によれば、単にクロム酸鉛顔料に不定形シリカを被覆する構成をもつて本件発明(一)の技術的範囲として主張することは、本件発明(一)に対する米国特許の出願経過に照らし許されないものである。また、右出願経過は、アイラー発明についての被告の前述の主張を明瞭に裏付けるものである。

3  本件発明(二)の構成要件Bについて

(一)(1) 本件発明(二)は、構成要件Bの粒子サイズ分布を有するクロム酸鉛顔料の顔料スラリーに構成要件Aの不定形シリカ皮膜を形成させた顔料であり、その結果として構成要件Cの作用効果を持つという構成の顔料組成物である。したがつて、構成要件Bの顔料スラリーとは、構成要件Aの不定形シリカ皮膜が形成される以前の顔料スラリーをいうものである。これにたいして、イ 別紙目録のA、Bの各(3)で特定されている粒子サイズ分布(粒度分布)は、シリカ被覆処理をした完成された顔料組成物を、蒸留水、珪酸ソーダを加えて攪拌して水性スラリーとしたうえで得た粒子サイズ分布である。そして、シリカ被覆前の顔料を分散したときと、シリカ被覆後の完成品となつた顔料組成物を分散したときとでは、分散の度合を示す粒子サイズ分布を異にすることは、荒川補充鑑定書の第三において述べているとおりであり、また、小林鑑定書(一)においても、「攪拌分散のみでコーテイングを行つた試料に超音波分散をいくら行つてもその分散はよくならないが(図9の⑥)、コーテイングしない試料を超音波分散させるとかなり高い分散を示す(図9の③)。」と記載されており(同鑑定書一八頁一六行ないし一九行)、これを積極的に認めている。以上によれば、別紙目録記載の構造の製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足するとの原告の主張は、主張自体失当である。ロ また、原告が提出するハーバート・バルドサール外三名作成の共同宣誓供述書(甲第七号証。以下「甲第七号証の供述書」という。)、ジエイムズ・エフ、ヒギンズ外五名さくせいの共同宣誓供述書(甲第一一号証。以下「甲第一一号証の供述書」という。)及び小林鑑定書(一)は、いずれもシリカ被覆後の完成品である被告製品を分散し、そのうえで粒子サイズを測定しているのであり、これによつては、被告製品が構成要件Bを充足することを立証しえない。

(2) 原告は、被告製品について、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料組成物の粒子サイズが、この組成物中の粒子からシリカの皮膜を取り去つた粒子のサイズよりも大きいことを前提として、シリカ皮膜前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーの粒子サイズ分布が、本件発明(二)の構成要件Bを充足していることは明らかである旨主張するが、原告の右主張に従えば、本件公報(二)の第2図ないし第5図において破線(シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ)が常に実線(シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ)の下側となるはずであるところ、同第2図ないし第5図ではそのような関係はなく逆転すらしており、また、本件明細書(二)の「粉末度分析-%」と題する表(本件公報(二)一一頁)においても、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズの方が、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズよりも小さくなつていることが示されており、したがつて、原告の右主張は、その前提を欠くものである。また、原告は、後記三2(一)において、本件公報(二)の第2図ないし第5図において破線が実線より上になることが生じるのは、遊離シリカのためであると主張するが、本件発明(二)の構成要件Bの本件遠心沈降方は、寸法(長さ)によつて粒子サイズを測定するのではなく、粒子を仮想球とした場合の粒子径一単位(一μ)当たりの質量により測定するものであるから、密度の大きい顔料粒子に密度の小さいシリカを被覆すれば、被告後は全体として寸法的には大きくなるとしても、本件発明(二)にいう粒子サイズが大きくなるわけではない。すなわち、もつどの大きい芯材であるクロム酸鉛顔料粒子に密度の小さいシリカが被覆されると、全体としての平均密度は、芯材だけの場合よりも小さくなる。そのためシリカ被覆より寸法は大きくなるが、全体としての平均密度は小さくなり、本件遠心沈降法により測定した粒子サイズは小さくなる。そして、この現象は、被覆されるシリカの量が同じであつても、クロム酸鉛顔料粒子が小さければ小さいほど、より大幅に平均密度が減少することになつて表れる。現に、本件公報(二)の第2図、第4図においても、芯材となるクロム酸鉛顔料粒子が小さい方の領域で、破線が実線よりも上になつているのである。なお、本件発明(二)の構成要件Bの本件遠心沈降法が、寸法(長さ)によつて粒子サイズを測定するのではなく、粒子を仮想球とした場合の粒子径一単位(一μ)当たりの質量により測定するものであることは、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式において、測定方法において定められる測定条件を省略すると、(ρ-ρ')×d2=定数÷W2となり、その単位をみると、g/cm3×cm2=g/cmであり、本件遠心沈降法によつて測定されるものは、粒子の寸法ではなく単位長さ当たりの粒子の質量(g/cm)であることが明らかである。更に、「寸方の小さいものは、粒子サイズも小さいことにはならない」ことは、アイラー発明の明細書(乙第二号証の訳文二九頁ないし三三頁にも記載されており、当業者の技術常識である。以上のとおり、本件発明(二)の構成要件Bにいう粒子サイズは、クロム酸鉛顔料粒子の単位長さ当たりの質量によつて決まるものであるから、密度が変化してしまう場合には比較することができないものである。換言すれば、シリカ被覆後の粒子サイズ分布によりシリカ被覆前の粒子サイズ分布を論ずることは、密度が変化してしまうので無意味である。

(3) 小林鑑定書(一)は、シリカ被覆前とシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布を本件遠心沈降法により測定すると、その間に高度の相関性が認められると認定しているが、荒川補充鑑定書の第四に記載されているとおり、小林鑑定書(一)の図-7、図-8からは、シリカ被覆前とシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布に高度の相関性があると認めることはできない。また、小林鑑定書(二)には、クロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布について、「シリカ被覆前後の差は一〇%以内と小さく、よく一致しているといえる。」との意見が述べられているが、右の意見は、本件発明(二)の構成要件Bの「粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%」との厳格な数値限定と矛盾するものである。

(二) 本件(二)の構成要件Bの粒子サイズの測定対象となるクロム酸鉛顔料粒子は、次の(1)、(2)に述べるとおり、乾燥ないし半乾燥(ペースト状)のクロム酸鉛顔料をスラリー状として、これを分散した直後のものに限られるのに対し、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が乾燥ないし半乾燥のものであるとの主張立証はない。すなわち、(1)本件明細書(二)には、本件発明(二)においては、クロム酸鉛顔料は放置又は乾燥している間に凝集化する性質を持つから、シリカ被覆前においてクロム酸鉛顔料を分散(脱凝集化)する処理を施すことが必須であることが記載されている(本件公報(二)二頁三欄一行ないし一四行、同欄二九行ないし三三行、四頁七欄三一行ないし三四行、五頁一〇欄三七行ないし四一行)。そして、クロム酸鉛顔料粒子の単結晶の粒子サイズは、〇・一~二・〇μであり、かつ、本件発明(二)の粒子サイズ分布測定の対象となる顔料スラリーは、本件発明(二)の粒子サイズ分布の要件よりも粗い顔料スラリーに強力な剪断処理を加えて同要件の顔料スラリーにするのであるから、本件発明(二)の顔料スラリーは、単結晶のものが乾燥により凝集しているものに限られる。また、本件明細書(一)に記載されたすべての実施例は、シリカ被覆絵馬のクロム酸鉛顔料を乾燥顔料ないし半乾燥のペースト状であるとしているところ(本件公報(一)七頁一三欄二八行、二九行、同頁一四欄四四行ないし八頁一五欄一行、同欄三八行、三九行、八頁一六欄一四行、一五行、九頁一七欄一〇行ないし一二行、同頁一八欄二四行ないし二六行等)、本件発明(二)は、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料をより強力に分散することにより本件発明(一)のクロム酸鉛顔料を改良するという発明であるから、本件発明(二)にいう顔料スラリーは、乾燥ないしは半乾燥の顔料に限られることが明らかである。なお、原告は、後記三2(二)において、クロム酸鉛は、その製造過程で乾燥ないしは半乾燥の処理を経ない場合があるとしても、少なくともろ過は必要であり、その結果として凝集体が生ずることは避けられない旨主張するが、一貫製造の場合には、芯材のクロム酸鉛の製造段階においては、ろ過ないし乾燥させる必要はなく、顔料スラリーのままシリカ被覆を施すことができ、そして、この場合には、クロム酸鉛顔料と、公知の〇・一~二・〇μという粒子サイズであるから、本件発明(二)にいう強力な剪断を加える必要は全くない。すなわち、シリカ被覆をしないクロム酸鉛顔料であれば、ろ過が必要になるとしても、シリカ被覆顔料では、シリカ被覆前に必ずしもろ過する必要はなく、シリカ被覆後にろ過、乾燥をすれば足りるのであるから、原告の右主張は、失当である。また、(2)原告は、本件発明(二)の出願公告後の訴外水澤化学工業株式会社の特許異義の申立てに対し、昭和四七年一〇月二七日付特許異義答弁書(以下「本件特許異義答弁書」という。乙第三号証の一)において、クロム酸鉛顔料粒子は、〇・一~二・〇μの範囲の粒子サイズを有しており、本件発明(二)の構成要件Bは公知である旨の異義申立人の主張に対し、「そのような粒子サイズ測定法は通常その顔料が適当な媒体中に分散されている場合に行われる。しかしろ過または凝集及び乾燥させた場合にクロム酸鉛の顔料粒子は合着して集塊または集合体を形成する傾向がある。そのような顔料をその後で液体中に分散させ次いでシリカでコーテイングした場合、このコーテイングした顔料の粒子サイズ分布はコーテイングされた顔料の多くのものが実質上より高い粒子サイズ分布を有する集塊または集合体の形になつていることを示す。」(乙第三号証の一の六頁六行ないし一六行)としゆちようしているが、原告の右主張は、乾燥したクロム酸鉛顔料粒子は、凝集体(集塊又は集合体)の形になつており、これにシリカ被覆をしたものは、本件発明(二)の構成要件Bを充足しないのであるから、右構成要件は公知ではないとの趣旨であり、したがつて、本件発明(二)の構成要件Bのクロム酸鉛顔料は、シリカ被覆前にいつたん乾燥させ、これを分散したものを対象とするということになる。

(三) 本件発明(二)の構成要件Bの本件遠心沈降法は、本件明細書(二)の実施例5記載の方法に限定されると解すべきである。すなわち、(1)分散に際して粒子サイズ分布を決定する条件としては、分散処理を施す対象がスラリー状かどうか、分散剤の有無とその種類、シリカ被覆工程の前の分散か、同工程後の分散か、具体的な測定方法等の要素によつて、粒子サイズについての測定結果が異なつてくることは自明であるところ、本件発明(二)の構成要件Bの本件遠心沈降法の具体的な測定条件について、本件明細書(二)には、実施例5の記載があるだけである。また、(2)原告は、本件特許異義答弁書において、異義申立人の本件発明(一)の実施例1のクロム酸鉛顔料の粒子サイズの測定結果について、本件明細書(二)の実施例5記載の測定方法を示したうえで、異義申立人の測定方法は、測定試料の作成、測定装置及びストークスの方程式を適用していない点において、本件明細書(二)に記載された測定方法とは異なる旨主張しているが、本項冒頭で述べた点は、原告の右主張からも確認される。

これに対して、別紙目録のA、Bの各(3)記載の粒子サイズは、本件発明(二)の構成要件Bの本件遠心沈降法、すなわち、本件明細書(二)の実施例5記載の測定方法により測定されたものではなく、したがつて、このように異なる測定方法によつて測定された粒子サイズ分布が本件発明(二)の構成要件Bの構成を具備しないことは明らかである。原告は、甲第七号証及び甲第一一号証の供述書により、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足していることが立証されている旨主張するが、右甲第七号証及び甲第一一号証の供述書は、本件発明(二)の実施例5記載の測定方法によつて被告製品の粒子サイズを測定したものではないから、右と同様の理由により、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足していることを立証するものではない。なお、右甲第七号証及び甲第一一号証の供述書では、クロム酸鉛顔料粒子が水面から器底まで沈降するのに要する時間だけ沈降管を回転させ、沈降していない量〔D〕、沈降した量〔S〕を求めているが、沈降管の中に入れるのは均一に分散した試料であり、したがつて、沈降速度の襲い微粒子でも器底に近い位置に存在するものは、水面から一・四μの粒子が沈降するのに要する時間内に器底に沈積しうるのであるから、右〔D〕に含まれる粒子は、一・四μ以下の粒子径の粒子のみではなく、また、同様に、右〔S〕にも、四・一μ以下の粒子を相当量含んでいることになり、この方法では、試料の粒子サイズを正確に測定することはできない。また、原告は、小林鑑定書(一)により、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足していることが立証されている旨主張するが、小林鑑定書(一)は、次の点において、実施例5記載の測定方法と異なる測定方法により被告製品の粒子サイズを測定しているものである。すなわち、(1)本件明細書(二)の実施例5では、実施例4-Aと同じく「乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI-77600)」という製品が使用されている(本件公報(二)七頁一四欄二例、二一行、九頁一八欄三一行)ところ、原告が鑑定のために提供したYC-2Bなるクロム酸鉛顔料は、その製造方法、組成、粒子サイズなど全く不明であつて、本件明細書(二)記載の右顔料との関係が不明である。(2)小林鑑定書(一)においては、YC-2B一五〇gと純粋一二五〇mlと珪酸ナトリウム二〇gとを同時に攪拌混合して顔料スラリーを作成しているのに対し、本件明細書(二)の実施例5で援用されている実施例4においては、前述の乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI-77600)一五〇部と水一二五〇部とから成るスラリーを室温において均一にかき混ぜた後、珪酸ナトリウム溶液二〇部をかき混ぜながら加え、更に、五分間かき混ぜ続けることによつて顔料スラリーを作成しているのであつて(本件公報(二)九頁一八欄三一行ないし三三行、七頁一四欄二〇行ないし二五行)、右小林鑑定書(一)記載の方法は、本件明細書(二)の右実施例の方法とは異なる。更に、右実施例において使用される珪酸ナトリウム用益とは、「ジユポン社♯20WWグレード、分析値Sio228・4%:Sio2/Na2O比=3・25」(本件公報(二)七頁一四欄二三行、二四行、六頁一二欄三一行ないし三二行)であるが、小林鑑定書(一)における珪酸ナトリウムの組成は不明である。(3)本件明細書(二)の実施例5の試料Aは、実施例4-Aに記載されているように、間隙〇・〇〇五インチ(約〇・一p.s.iの剪断力を与えるように計算されている。)にセツトしたコロイドミルを用いて剪断するとされているのに対し(本件公報(二)九頁一八欄三一行ないし三三行、七頁一四欄二五行ないし二九行)、小林鑑定書(一)において本件発明(二)の実施品であるとされている狭間隙コロイドミル(同鑑定書におけるHigh shear colloid mill)により処理された試料のコロイドミルの間隙は二五μ、本件発明(二)の実施品ではないとされている広間隙コロイドミル(同鑑定書におけるLow shear colloid mill)により処理された試料のコロイドミルの間隙は二〇〇μであるところ、本件明細書(二)に記載された前記間隙〇・〇〇五インチは一二〇μであるから、これは、小林鑑定書(一)の狭間隙コロイドミルの条件と一致しないし、むしろ、広間隙コロイドミルの条件に近い。なお、小林鑑定書(一)は、粒子サイズの測定方法としてグラインドメータを採用しているが、されは、本件発明(二)の「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法」とは全く別異のものである。

(四) 原告は、小林鑑定書(一)により、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足することが確認された旨主張するが、同鑑定書(一)については、前(一)ないし(三)に述べた以外にも、次の疑問がある。(1)小林鑑定書(一)においては、遠心分離処理の後に秤量したデータは一切記載されていない。したがつて、小林鑑定書(一)の結論は信用しえない。(2)小林鑑定書(一)の二二頁の「実効的なシリカコーテイングを施されている二〇種の試料」とは何か、その測定結果は何かが不明である。

(五) 前2(二)のとおり、アイラー発明は、クロム酸鉛顔料に不定形シリカの濃密な実質的に連続性の皮膜を沈着させる技術を開示しているが、更に、アイラー発明の特許請求の範囲の一項では、芯材の粒子サイズについて、〇・〇〇一~〇・一μのものが一〇〇%という極めて細かい粒子サイズを定めているところ、本件発明(二)の構成要件Bの「粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%」は、「粉末度四・一μ以上のもの〇%及び粉末度一・四μ以下のもの一〇〇%」のものを含むのであるから、右アイラー発明の粒子サイズの構成は、構成要件Bと同一の構成である。また、アイラー発明の明細書には、「芯材は微細化されていて少なくとも一m2/g以上の比表面積を有するものが望ましい。大部分の固体物質においてこれを粒子寸法が数μ以上にならない事を意味する。1m2/g比表面積の球状粒子では粒子を構成する物質により粒子径が一から五μの範囲にある。」(乙第二号証の訳文四頁四行ないし九行)こと及びシリカ被覆する前に芯材を攪拌、粉砕し、超微細化すべきことが述べられている。したがつて、本件特許権(二)は、本来無効とされるべき特許権であるから、本件発明(二)の技術的範囲は、原告主張のように広く解すべきではなく、被告製品は、前述のとおり、本件発明(二)の構成要件Bを充足しないものである。

4  本件発明(二)の構成要件Cについて

(一) 本件発明(二)の構成要件Cにいう変色、摩擦に対する抵抗性とは、すべて本件発明(一)のシリカ被覆されたクロム酸鉛顔料組成物に対して改善された効果をいう。このことは、本件明細書(二)の実施例4において、シリカ被覆前に強力な分散を加えてシリカ被覆をした試料A、B、C、E、Fをシリカ被覆前に強力な分散を加えない標準試料D(本件発明(一)の実施品)と比較していること(本件公報(二)八頁一五欄、一六欄)からも明らかである。ところが、別紙目録のA、Bの各(4)記載の構造は、本件発明(一)のシリカ被覆されたクロム酸鉛顔料に対して改善された効果を記載していない。また、甲第一一号証の供述書にも、本件発明(一)の実施品との比較試験も一切示されていない。原告は、後記三3において、本件発明(二)の構成要件Cの耐熱性については、甲第一一号証の供述書により、被告製品の方が本件発明(一)の実施品より優れていることが立証されている旨主張するが、甲第一一号証の供述書は、シリカ被覆されていないクロム酸鉛顔料と被告製品とを比較しているにすぎない。

(二) 本件発明(二)の構成要件Cは、本件発明(二)の作用効果について規定しているが、特許請求の範囲に規定されている以上、本件発明(二)の構成要件A、Bから当然に生ずる効果ではなく、改良クロム酸鉛顔料という物の発明としての構成であり、物の構造ないしは定量的な要件と把握しなければならない。そして、本件発明(二)において改良された作用効果は、本件発明(一)の作用効果と比較して、数値的に画然と定められなければならない。しかるに、構成要件Cにおいては、「抵抗性」の度合が全く特定されておらず、何を必須要件としたのかが不明である。すなわち、本件発明(一)の実施品も、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液、三二〇℃までの温度に対する抵抗性があるところ(本件公報(一)一一頁二二欄三八行ないし四四行)、本件発明(二)の抵抗生は、これよりも優れたものであると本件明細書(二)に説明されている(本件公報(二)一頁二欄三〇行ないし二頁三欄八行)。したがつて、本件発明(二)の構成要件Cは、単に「抵抗性」を持つというだけでは、本件発明(一)の内容と区別しえず、その技術的内容を確定することができない。更に、別紙目録のA、B各(4)の記載は、極めて漠然とした定性的な作用効果の記載でしかなく、物の特定としての客観性を欠くものである。以上によれば、別紙目録のA、Bの各(4)記載の構造が、本件発明(二)の構成要件Cを充足するとの原告の主張は、失当である。

5  本件発明(一)と本件発明(二)とは、相違なる粒子サイズを有する顔料を対象として成立したものであつて、被告製品が本件特許権(一)と本件特許権(二)の両方を侵害するということはありえない。すなわち、本件発明(二)の特許出願について出願公告があつた後、出願人であつた原告は、特許異義の申立てに対する特許異義答弁書(本特許異義答弁書)五頁において、本件発明(一)に対応するフランス特許の明細書に記載されている顔料生成物は、本件発明(二)において要求する粒子サイズ分布を有していないことは明白であると述べている。そして、原告は、異義理由ありとしてされた本件発明(二)の特許出願に対する拒絶査定を不服として審判請求をし、審判請求理由補充書(乙第三号証の四。以下「本件審判請求理由補充書」という。)を提出したが、その中において、本件発明(一)に対応するフランス特許の明細書に記載された顔料粒子は、本件発明(二)の顔料粒子よりもはるかに大きい粒子サイズを有する旨述べ、その結果、原告の右主張が認められ、本件発明(二)は、本件発明(一)とは異なり、シリカを被覆する前に強力な剪断を加え、これによりクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布を調整することにより、本件明細書(二)記載の顕著な効果を奏するものであるとして、特許されたのである。また、本件発明(一)には、本件発明(二)の構成要件Bで規定されている粒子サイズ分布を有するクロム酸鉛顔料が含まれないことは、原告の本件特許権(二)についての無効審判請求事件の答弁書からも明らかである(同答弁書三七頁)。以上の本件特許権(二)についての出願の経過等からみて、本件発明(一)と本件発明(二)の技術的範囲が重なり合う余地はない。

6  権利の濫用

本件発明(一)は、前2(二)のとおり、アイラー発明により新規性がないことが明白であり、本件特許権(一)は、無効とされるべきものであるから、原告の本件特許権(一)に基づく損害賠償請求は、権利の濫用として許されない。

7  損害について

(一) 実施料相当額について

原告が主張する一kg当たり三五〇円という額は、被告製品の一kg当たりの平均販売価格である八〇〇円の約四四%に当たり、異常に高率であるから、特許法一〇二条二項の規定にいう「特許発明の実施に対し通常受けるべき金額の額」とはいえない。また、原告が菊池工業に対し実施許諾しているのは、原告が日本において有するすべての特許権であるから、右実施許諾の対価であるという三五〇円は、本件特許権(一)及び(二)のみの実施許諾に対する対価ではない。しかも、菊池工業は、昭和五六年に、被告の得意先に対し、同社は原告との間において特許に関する完全な合意ができているから、同社の製品を買うように強力に働きかけているのであり、同社が原告から実施許諾を受けたのは、同社による市場独占の意図のためにほかならず、三五〇円という高額な実施料は、右のような特殊事情に基づく例外的な事例というべきである。また、本件特許権(一)については既に無効審決がなされており、同権利については、そもそも実施料相当額の請求自体失当というべきであり、本件特許権(二)についても、早晩無効とされるのは確実であるから、到底高額の実施料を請求しうるものではない。更に、公認会計士須田栄吉作成の鑑定書(甲第二六号証、以下「須田鑑定書」という。)によれば、東邦顔料が被告と同種の製品を製造販売して得た利益の額は、一kg当たり約五〇円であるから、この点からも、右利益の額の約七倍にも及ぶ三五〇円が客観的に相当な実施料相当額であるといえないことは明らかである。

本来、適正な実施料率の算定に当たつては、被告製品が特許発明の開示にどの程度依存しているかが考慮されなければならないところ、被告製品は、前2(二)のとおり、公知のアイラー発明の技術そのものであり、本件発明(一)または本件発明(二)の開示に依存するものではない。また、科学技術庁が調査したわが国の無機化学の分野における昭和四三年から同五二年までの間の実施料率は、八四例の平均値で五%であるところ、このような技術導入の場合、特許権等の権利に瑕疵がなく、特許権以外にノウハウの開示含まれているのが通常であるのに対し、本件の場合、被告製品は、本件発明(一)の特許出願前の公知技術そのものの実施であり、かつ、本件特許権(一)について既に無効審決がなされていて、これが無効となることは明らかであり、更に、本件特許権(二)も実質的にこれと異なるものではないという事情を斟酌すれば、本件発明(一)及び本件発明(二)の実施料相当額は、被告製品の平均販売価格に一%を乗じた額を上回ることはないというべきである。また、原告は、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料率が一〇%が相当である根拠として、わが国における無機化学の分野において、実施料率一〇%の例が八四件中五件あることを主張するが、実施料率一%の例も四件存するのであり、かつ、無機化学には金属触媒も含まれるのであるが、一〇%という高額な実施料の例は、このような高度な技術を対象とするものであり、逆に、本件発明(一)及び本件発明(二)のような加工度の低いものは、無機化学の分野でも実施料率の低い方に属することはいうまでもない。更に、国有特許権の実施料算定方法によつてみても、基準率は二~四%であるところ、本件発明(一)及び本件発明(二)のように実質的に公知技術と異ならない発明については、基準率として二%を基準とし、また、増減率において実施価格が特に小さいものとして五〇%を減ずるべきものであり、この場合も、実施料料としては一%となる。

(二) 特許法一〇二条一項の利益の額の主張について

特許法一〇二条一項の規定は、損害の額を推定するに止まり、特許権者における損害の発注まで推定するものではない。したがつて、特許権者は、同項の規定の適用を受けるためには、被告の侵害行為によつて現実に営業上の損害を被つたことを、まず主張立証する必要がある。そして、右の損害の発生は、通常は、特許権者が特許発明を実施して、被告製品と競合する製品を製造販売していることにより、立証されることになる。しかしながら、本件においては、原告は、被告製品と競合する道路標示用塗料に用いる顔料を未だかつて製造販売したことはないし、その現実の可能性もなかつたものである。すなわち、被告製品の販売実績の約九七%を占める被告製品(一)は、道路標示用塗料に使用される顔料であるのに対し、原告の本件発明(一)又は本件発明(二)の実施品であるクロロールは、プラスチツク着色用顔料であつて、道路標示用塗料の顔料として使用されうるものではない。しかも、原告は、昭和五九年一月末日以降は顔料事業から撤退し、その営業活動はすべて終了しているから、同日以降は、現実の営業上の損害の発生はありえない。したがつて、本件においては、原告における現実の営業上野損害の発生についての立証がないのであるから、原告は、特許法一〇二条一項の規定の適用を求めることはできない。なお、被告製品のようなシリカ被覆クロム酸鉛顔料については、被告以外に、とほうほ顔料、菊池工業も販売しており、このような競合第三者がいる場合は、被告製品が販売されない場合に原告製品が販売されるという因果関係はないから、特許法一〇二条一項の規定による推定は覆滅される。

(三) 本件文書提出命令について

被告は、本件文書提出命令に対し、昭和六二年三月二七日付文書提出書のとおり、提出することを要する文書はすべて提出しており、提出命令に対する文書不提出の効果は何ら生じない。なお、販売数量、販売単価については、当事者間に争いがなく、これに関する文書は、そもそも提出する必要がないから、提出していない。また、被告は、本件文書提出命令の対象となつている被告製品に関する、(2)総勘定元帳、(3)仕入帳、(4)製造原価計算書類、(5)その他名称のいかんを問わず、原価計算及び利益額を示す書類については、これを所持していない。すなわち、被告は、八〇種に及ぶ顔料部門並びに薬品部門を有しており、両部門は原材料そのものを共通にしているため、被告製品の原価計算、利益を示す文書は存在しないのである。

原告は、本件文書提出命令に対する不提出の効果として、三五〇円の利益の額が推定される旨主張するところ、三五〇円というのは文書の記載から更に帰納される要証事実そのものであるが、文書不提出により推定されるのは、文書の趣旨に止まり、要証事実には及ばないのである。また、行政訴訟、公害訴訟、国に対する損害賠償訴訟のような当事者として著しく対等性を欠く特殊訴訟においては、立証趣旨の細かな特定を緩める傾向があるとしても、一般民事事件に過ぎない本件のような特許権侵害訴訟においては、立証趣旨の具体的な特定を緩める必要はない。

(四) 原告は、東邦顔料が本件発明(一)及び本件発明(二)の技術的範囲に属する製品を製造販売したことにより得た利益の額は、一kg当たり一五〇円であるから、被告が被告製品を製造販売したことにより得た利益の額も同額であると推定することができる旨主張するが、利益の額は、各社により異なるのであるから、原告の右主張は、失当である。また、須田鑑定書によれば、東邦顔料の利益は、一kg当たり一五〇円ではなく、五〇円である。

8  消滅時効

被告が昭和五六年一月一日行こう同年九月一〇日までの間に被告製品を製造販売したことによる原告の損害賠償請求権は、原告の訴の追加書の陳述の日である昭和五九年九月一〇日までに既に三年を経過しており、時効により消滅している。

三  被告の主張に対する原告の反論

1(一)  被告の主張2(一)について

本件説明(一)の構成要件B及び本件発明(二)の構成要件Aの技術的内容は、本件明細書(一)及び本件明細書(二)の記載から当業者には明白であつて、被告の主張は、技術常識を無視したものである。

また、本件発明(一)及び本件発明(二)のシリカ皮膜は、次の(1)、(2)に述べるとおり、アイラー発明のシリカ皮膜と同一であるから、被告が被告の主張2(二)において被告製品のシリカ皮膜はアイラー発明のシリカ皮膜と同一であると主張するのは、被告製品が本件発明(一)及び本件発明(二)のシリカ皮膜の要件を充足することを認めていることを意味し、したがつて、被告の主張2(一)は、意味のない主張である。すなわち、(1)本件明細書(一)には、本件発明(一)のシリカ皮膜の形成法について、「本発明の新規なシリカ皮膜顔料は、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜すのわち層が形成されるようにしてシリカをクロム酸鉛顔料粒子に施したときにのみ製造される。米国特許第2885366号明細書には、クロム酸鉛顔料とは別の粒子を、シリカで被覆する方法が記載されている。」(本件公報(一)二頁三欄三八行ないし四四行)と記載されているが、右の米国特許明細書とは、アイラー発明の明細書(乙第二号証)であるから、本件発明(一)のシリカ皮膜は、アイラー発明のシリカ皮膜と同一である。このことは、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国における特許出願に係る米国特許第三、三七〇、九七一号明細書(甲第一二号証)の二欄四二行ないし四九行にも、「上述した先行技術の方法とは異なり、本発明の新規なシリカ被覆顔料は、濃密な無定形シリカの実質的に連続した被覆又はフイルム或いは層が顔料粒子上に形成されるようにシリカをクロム酸鉛顔料粒子に施すときにのみ製造される。クロム酸鉛顔料以外の粒子をシリカで被覆するかような方法は米国特許第2885366号に記載されている。」と記載されていることからも首肯される。また、本件発明(一)のシリカ被覆の形成条件は、シリカを活性シリカとして加え、シリカを添加するときの顔料スラリーのpHを好ましくは九・〇~九・五にし、温度を少なくとも六〇℃以上にする必要がある旨本件明細書(一)に記載されているが(本件公報(一)五頁九欄一〇行ないし一二行、同三頁六欄九行ないし一四行)、アイラー発明においても、シリカを活性シリカとして加え、シリカ被覆時のpHは八~一一の間に維持し、反応温度は六〇~一二五℃にすることが、その明細書(乙第二号証六欄四五行ないし四九行、八欄四〇行ないし四三行)に記載されており、本件発明(一)のシリカ皮膜の形成方法は、アイラー発明のシリカ被覆の形成方法と実際上同一である。更に、アイラー発明の明細書には、「スキンの主たる特徴はそれが無定形シリカからなることである。該シリカは濃密であり・・・該スキンは・・・濃密であり且つ連続状であることによつて特徴づけられる。」(乙第二号証四欄三一行ないし三六行)と記載されており、右記載によれば、アイラー発明のシリカ皮膜は、本件発明(一)のシリカ皮膜と同一であることが明らかである。(2)本件明細書(二)には、本件発明(二)のシリカ皮膜の形成法について、「前記の米国特許第3370971号の発明と同じように、本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーチング(「コーチイグ」は、「コーチング」の誤記と認められる。)で包むことによつて得られる。」(本件公報(二)二頁三欄一五行ないし一八行)と記載されているが、右米国特許とは、前述のとおり、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国における特許出願に係る米国特許である。また、本件明細書(二)には、シリカ皮膜を形成する具体的な条件として、本件発明(一)における同一の条件が記載されている(本件公報(二)四頁七欄三行ないし五頁九欄一〇行)。右によれば、本件発明(二)のシリカ皮膜は、本件発明(一)のシリカ皮膜と同一であり、したがつてまた、アイラー発明のシリカ皮膜とも同一である。

被告は、小林鑑定書(一)の被告製品の電子顕微鏡写真には、明らかに皮膜中に粒子が存在し、あるいは皮膜が破断していることが撮影されており、被告製品の皮膜は、「連続した濃密な皮膜」ではない旨主張するところ、皮膜の形成に寄与しなかつたシリカ粒子が顔料粒子の表面に付着していることはあるが、それは、連続した皮膜の上に付着しているのであつて、皮膜中に存在しているのではない。被告の右主張は、この点を誤解したものと思われる。また、本件発明(二)の構成要件Bは、「実質的に連続性の」といつているのであるから、皮膜の欠損部分が僅かに存在しても、本件発明(二)の「実質的に連続性の」皮膜に該当するのであり、したがつて、被告の右主張は、この点においても失当である。更に、被告は、小林鑑定書(一)添付資料の電子顕微鏡写真について、電子顕微鏡写真でみてシリカ皮膜が欠落しているということは、三次元物質である粒子の皮膜の欠落としては、かなり大きな裂け目が存在するということであると主張するが、同鑑定書添付の被告製品の電子顕微鏡写真には、何らそのような欠落部分は存しない。なお、小林鑑定書(一)においては、電子顕微鏡写真により観察してシリカ皮膜が連続性であると判断したうえで、エネルギー選択像といし現在の進んだ技術によつても、シリカ皮膜の連続性を確認しているのであり。エネルギー選択像についての被告の主張も、意味がない。また、エネルギー選択像のコントラストは、均一ではなく、上下に重なつたものは重なつたものとして認識することができ、均一なシリカ皮膜の上にシリカ粒子が付着している部分は、より濃いコントラストにより区別することができる。したがつて、三次元物質の形態的構造も、その二次元的投影像で決定することができるのである。

(二)  被告の主張2(二)について

原告は、前(一)のとおり、シリカ皮膜の点において、本件発明(一)及び本件発明(二)はアイラー発明と同じ構成であるから、アイラー発明と同じシリカ皮膜を有する被告製品のシリカ皮膜は、本件発明(一)及び本件発明(二)のシリカ皮膜の構成を具備すると主張しているが、シリカ皮膜以外の点においては、本件発明(一)及び本件発明(二)は、アイラー発明とは異なるものであるから、被告の2(二)の主張は、理由がない。すなわち、アイラー発明の明細書には、次に述べるとおり、本件発明(一)の芯材としてクロム酸鉛顔料を用いるとの構成及びクロム酸鉛顔料粒子の表面に濃密な不定形シリカを実質的に連続した皮膜の形で沈着させるとの構成については、何ら記載も示唆もされていないし、同様に、本件発明(二)の各構成要件についても、何ら記載も示唆もされていないのであり、したがつて、本件発明(一)及び本件発明(二)のシリカ皮膜がアイラー発明のシリカ皮膜と同一であつても、本件発明(一)及び本件発明(二)は、十分に新規性を有するものである。(1)アイラー発明の明細書には、芯材として極めて多数の材料の記載がされているが、クロム酸鉛については、何ら記載も示唆もない。アイラー発明の明細書に芯材として記載されているものは、例えば、鉄、ニツケル、アルミニウム粉末のような金属粉末、酸化アルミニウム、酸化クロム、酸化鉄、酸化チタンのような金属の酸化物及び水酸化物、並びにマグネシウム、アルミニウム、亜鉛、鉛、クロム、銅、鉄、コバルトの珪酸塩のような金属の珪酸塩、その他カオリン、ベントナイト、アタパルガイト、ハロイサイトのような天然珪酸塩鉱物である。そして、アイラー発明の明細書には、「唯一に重要なことは、コア材の内部が以下なる組成を有していようと、該コア材の表面がシリカ・スキンとの結合に対して反応性であるか或いは結合しうるようになされていることである。該コア材又は基材或いは核材はpH七~一一で不溶性の珪酸塩を形成する金属の珪酸塩又は酸化物で覆われている。」(乙第二号証二欄三四行ないし四〇行)と記載され、また、銅明細書のクレーム一ないし三の芯材は、「pH七~一一で不溶性の珪酸塩を形成する金属の酸化物又は珪酸塩から成る群から選ばれる金属化合物を表面に有するもの」に限定されているところ、クロム酸鉛は、アイラー発明の明細書に記載されている右金属粉末、金属酸化物、金属水酸化物又は金属の珪酸塩のいずれにも該当せず、まして、天然珪酸塩鉱物とも全く異なることもいうまでもなく、更に、pH七~一一で不溶性珪酸塩を形成する金属酸化物又は金属珪酸塩を表面に有するものでもない。したがつて、クロム酸鉛は、単にアイラー発明の明細書に記載されていないというだけではなく、同明細書で特定されている芯材とは全く異質のものであることが明らかである。しかも、本件発明(一)の特許出願の優先権主張日前発行の公知文献である「PAINT AND VARNISH PRODUCTION」(一九五七年四月発、甲第一三号証)に、「クロムイエローは酸に対してはかなり抵抗性があるが、アルカリに対しては抵抗性がなく、したがつて、アルカリ性条件に接触するのは推奨されない。」(同書五五頁二二行ないし二七行)と記載されているとおり、クロム酸鉛顔料は、アルカリ抵抗性がなく、これをアルカリ性条件下で処理することは回避すべきであると考えられていたところ、このことは、右優先権主張日前に当業者に周知であつたのである。ところで、本件発明(一)は、クロム酸鉛顔料を好ましくpH九・〇~九・五というアルカリ性条件下で七五℃以上に加温してシリカ被覆させるというものであるが(本件公報(一)三頁六欄九行ないし一四行参照)、このような条件でクロム酸鉛顔料シリカを被覆するというようなことは、当業者にとつて到底考えられなかつたことである。被告は、アイラー発明の芯材は、その表面状態が金属酸化物あるいは金属珪酸塩であればよいのであるが、クロム酸鉛は、これを珪酸ナトリウムで処理すると金属珪酸塩の一つたる珪酸鉛がその表面に生成するし、また、クロム酸鉛を水酸化ナトリウムで処理した場合にも、その表面に水酸化鉛が生成し、これもシリカ皮膜と反応性を有し、珪酸鉛を生ずると主張するが、クロム酸鉛顔料はアルカリに対する抵抗性がなく、これをアルカリ性条件下にさらすとクロム酸鉛顔料の色調が甚だしく変色することは、本件発明(一)の特許出願の優先権主張日前に周知の事実であつたのであるから、クロム酸鉛顔料をアルカリ性条件下におくというようなことは、全く考えられていなかつたことである。のみならず、アイラー発明の明細書からは被告が主張するような化学的変化が生起するかどうかは全く不明であるし、事実として被告が主張する珪酸鉛や水酸化鉛は生成しないのである(ラルフ・デイ・ネルソン・ジユニア作成の宣誓供述書(甲第一四号証))。(2)クロム酸鉛顔料が薬品、光、熱等に対して抵抗性を持たないことは、早くから知られていたところであるが、仮に、アイラー発明が芯材としてクロム酸鉛顔料を開示しているならば、アイラー発明の皮膜をクロム酸鉛顔料に施して右の抵抗性を改善することがアイラー発明の公開後すぐにでも行われたはずである。しかし、クロム酸鉛顔料にアイラー発明と同一の皮膜を施すようになつたのは、アイラー発明の公開後数年を経て本件発明(一)が公開されてからである。アイラー発明がクロム酸鉛顔料を開示していないのは、このことからも明らかである。また、被告がアイラー発明公開後の被告の特許出願に係る発明の明細書に、「また同じくクロム酸鉛顔料の水中懸濁液にケイ酸ナトリウム溶液を加えて、pH6以上の液性、60℃以上の液温で無定形の二酸化ケイ素を生成させこれによつてクロム酸鉛顔料の粒子を被覆する方法(米国特許第3370971号)もすでに提案されている。しかしこの方法では、クロム酸鉛顔料が直接高温の塩基性溶液中に長時間浸漬されているため、クロム酸鉛が溶出するので、これを避けるため、あらかじめ顔料に耐アルカリ性を付与する処理を必要とする不利がある。」(甲第二列号証の被告公報一頁二欄六行ないし一五行)と記載しているが、右米国特許とは、前述のとおり、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国における特許出願に係る米国特許であるから、右記載は本件発明(一)が開示された後においても、被告の技術者がクロム酸鉛顔料にアイラー発明の方法に従つて直接ゆていけいシリカの被覆を施すこはできないと考えていたことを意味し、これによれば、本件発明(一)が公開された後においても、アイラー発明に開示された無定形シリカ皮膜の形成方法は、クロム酸鉛顔料には直接適用することができないと当業者に認識されていたことが明瞭である。(3)被告は、赤口黄鉛(クロムオレンジ)は、アルカリに強いと主張するところ、「PAINT AND VARNISH PRODUCTION」(甲第一三号証)の五三頁左欄下から八行ないし七行には、「クロムオレンジはアルカリにかなり抵抗がある」と記載されているが、アルカリに強いとは記載されていない。むしろ、同書同頁左欄の冒頭には、赤口黄鉛(クロムオレンジ)について「その色調の深みは塩基度によつて増大する」(同欄六行ないし七行)と記載され、同書五四頁右上段には、「淡い色調(パステル)におけるアルカリ及び石鹸抵抗生は貧弱である。」と記載されているのであり、したがつて、右書類は、赤口黄鉛(クロムオレンジ)はアルカリに強いという被告の主張を指示するものではなく、かえつて、赤口黄鉛(クロムオレンジ)は少なくとも色調においては、アルカリ抵抗性を欠いていることを明示しているのである。また、「TREATISE ON COATINGS VOLUME 3(In Two Parts)Pigments」と題する書籍(甲第二一号証)には、「強アルカリ、又はアルカリに対する非常に長期の露出は、特に他の顔料とのブレンドにおいて少量成文としてこれらが存在する場合、トツプコートに通常使用されるすべてのクロム酸鉛顔料の色調にドラスチツクな影響を与える。クロム酸鉛顔料(殊に塩基性クロム酸鉛)は、生起しうる副分解反応に加えて、アルカリにやや可溶性であり且つ粒子サイズの成長が起り、赤さが増大し、着色力が低下する。」(同書三一三頁一四行ないし二〇行)と記載されているところであつて、右記載によれば、赤口黄鉛(クロムオレンジ)は、殊にその色調に関してはアルカリに敏感であり、アルカリに強い等とは決していえない。更に、前述の被告公報(甲第二〇号証)には、塩基性クロム酸鉛やモリブデン酸鉛を含むすべてのクロム酸鉛顔料は、直接高温の塩基性溶液中に長時間浸漬されると、クロム酸鉛を溶出されるので、クロム酸鉛顔料に予め耐アルカリ性を付与する前処理を必要とすることが記載されているが、このことからも、本件発明(一)の特許出願の優先権主張日当時の当業者は、赤口黄鉛(クロムオレンジ)がアルカリに強いとは認識していなかつたことが明瞭にうかがえる。被告は、アイラー発明の明細書には、芯材がアルカリ性溶液に弱い場合に、その弱さを利用すべきことが記載されていると主張するが、顔料に対して皮膜を施す場合は、いつたん所望の色調、色合に仕上げたものに色の変化を生ぜしめるようなことは回避しなければならないのであり、単に皮膜を施せば良いというものではない。クロムオレンジを含めたクロム酸鉛顔料は、アルカリによつて変色するという弱点があり、アルカリ性用益に弱いことを利用するなどということは、到底考えられないのである。以上のとおり、クロム酸鉛顔料がアイラー発明の芯材として開示されているとの被告の主張は、根拠を欠くものである。また、被告は、アイラー発明には、その作用効果として、芯材の表面にシリカを被覆することにより、化学的抵抗性及び耐光性が改良されることが示されている旨主張するが、アイラー発明が目的としているのは、薬品に対する耐性のみであり、光や熱に対する抵抗性、とりわけ二二〇℃以上の融解熱可塑性樹脂と接したときの変色や摩擦に対する抵抗製の点については、アイラー発明は、何ら問題としておらず、その解決もしていない。むしろ、アイラー発明が光や熱に対する抵抗性を何ら問題としていなかつたこと自体、アイラー発明がその点の解決が望まれていたクロム酸鉛顔料を芯材として予定していなかつたことを端的に示すものである。

(三)  被告の主張2(三)について

本件特許権(一)とそれに対応する米国特許は、互いに別個独立であり、日本と米国では互いに特許性判断の基準を異にし、その出願の経過も異なる以上、本件発明(一)の解釈に当たつて、米国特許の出願経過を参酌することは許されない。

2(一)  被告の主張3(一)について

本件公報(二)の第2図5A及び5Bないし第4図7A及び7Bにおいて、シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料の粒子サイズよりもシリカ被覆をしないクロム酸鉛顔料の粒子サイズの方が大きくなつているのは、被覆のために使用したシリカ(及びアルミナ)の一部がクロム酸鉛顔料粒子の表面に皮膜として堆積することなく、遊離シリカとなり、これが本件遠心沈降法に痛がつて粒子サイズを測定する場合、遠心分離管の上澄液中に混入する可能性があり、そして、遊離シリカ及び遊離アルミナは、シリカ被覆クロム酸鉛の粒子の密度よりもかなり小さいため、本件公報(二)の第2図ないし第4図のような逆転現象が起きたものと思われる。しかしながら、被告製品の場合、このような遊離シリカや遊離アルミナの量は、顔料全体に比べると極めて少量であるから、右による誤差は、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズの認定にそれ程大きな影響を与えるものではない。また、被告は、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式から、本件遠心沈降法によつて測定されるものは、粒子の寸法ではなく単位長さ当たりの粒子の質量であることが明らかであると主張するが、本件遠心沈降法において、πは粒子の密度であり、π'は液体の密度であつて、これを測定することが前提条件となつており、その結果、粒子のサイズであるd(cm)が求められることは、同式から明らかであり、したがつて、被告の右主張は、失当である。更に、被告は、シリカ被覆前とシリカ被覆五のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布について一〇%の誤差が存在すると小林鑑定書(二)おいて記載されている点について反論を加えているが、小林鑑定書(一)の図-8の曲線①、②をみれば、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の方が粒子サイズが大きいことは明瞭であり、したがつて、シリカ被覆前後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズの差が一〇%以内であるとしても、被告製品のシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料が本件発明(二)の構成要件Bを充足している以上、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が同構成要件を充足していることは明らかである。

(二)  被告の主張3(二)について

本件発明(二)の構成要件Bのクロム酸鉛顔料は乾燥したクロム酸鉛顔料に限られるとの被告の主張は、本件明細書(二)の「普通の方法で顔料を製造した場合、このような顔料粒子のクラスターまたはアグロメレートは、乾燥粉末顔料と水とを混合することによつて調整したスラリ中ではもちろん、乾燥段階を経ることがなかつた水性顔料ブレスケーキ中においてまつたく普通にみられるものである。」(本件公報(二)三頁五欄二六行ないし三二行)との記載に反する。また、クロム酸鉛は、その製造過程で乾燥ないしは半乾燥の処理を経ない場合があるとしても、少なくともろ過は必要であり、その結果として凝集体が生ずることも避けられない。したがつて、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料は、乾燥顔料ないし半乾燥顔料に限られるとする被告の主張は、失当である。被告は、一貫製造の場合には、芯材のクロム酸鉛の製造段階においては、ろ過ないし乾燥させる必要はなく、顔料スラリーのままシリカ被覆を施すことができ、そして、この場合には、クロム酸鉛顔料は、公知の〇・一~二・〇μという粒子サイズであるから、本件発明(二)にいう強力な剪断を加える必要は全くないと主張するが、クロム酸鉛顔料の一貫製造とはいつても、芯材のクロム酸鉛の製造段階で、硝酸鉛とクロム酸鉛ナトリウムとの反応で副生する硝酸ナトリウムは、シリカ被覆をする前に除去しなければならず、したがつて、クロム酸鉛の製造段階で、乾燥はともかく、ろ過しないということは、実際上ありえないことである。また、原告は、本件特許異義答弁書において、クロム酸鉛顔料は、その製造工程において、通常、ろ過、凝集又は乾燥等の種々の工程を経るが、その工程において凝集する傾向があるから、そのような顔料をその後で液体中に分散させ、シリカ被覆をしても、大きな粒子サイズ分布を示すという一般的な事実を述べたものである。被告は、原告の右主張の中に「乾燥」という字句が記載されていることのみに着目し、右のような一般的な事実の説明を本件発明(二)の解釈として勝手に加えたものにすぎず、その主張は、失当である。

(三)  被告の主張3(三)について

被告は、本件発明(二)の粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)の実施例5の方法に限られる旨主張するが、本件発明(二)の粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)に記載されているとおり(本件公報(二)一〇頁一九欄一〇行ないし一九行)、遠心分離処理を含むデカンテーシヨン法を用いて、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式に従つて、顔料粒子のストークス・エクイバレント・ダイアメーターズを求めるという方法であれば足りるのである。このような粒子サイズ分布測定法は、当業者に周知の方法であつて、何ら特別なものではないし、細かな条件について一々右実施例5の方法に従う必要も存しない。また、原告は、本件特許異義答弁書において、異義申立人が用いている光走査迅速粒度分布測定法は、本件発明(二)の本件遠心沈降法とは粒子サイズ測定の原理が全く異なることを、本件明細書(二)の実施例5の例を用いて説明したにすぎない。被告は、原告の右主張をとらえて、本件発明(二)の粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)の実施例5記載の方法であると決めつけているが、特許発明の構成要件が実施例に限定されるものではないことは、いうまでもないことであるから、被告の右主張も、失当である。更に、被告は、甲第七号証及び第一一号証の供述書では、クロム酸鉛顔料粒子が水面から器底まで沈降するのに要する時間だけ沈降管を回転させ、沈降していない量〔D〕、沈降した量〔S〕を求めているが、沈降管の中に入れるのは均一に分散した試料であり、したがつて、沈降速度の遅い微粒子でも器底に近い位置に存在するものは、水面から一・四μの粒子が沈降するのに要する時間内に器底に沈積しうるのであるから、右〔D〕に含まれる粒子は、一・四μ以下の粒子径の粒子のみではなく、また、同様に、右〔S〕にも、四・一μ以下の粒子を相当量含んでいることになり、この方法では、試料の粒子サイズを正確に測定することはできない旨主張するが、甲第七号証及び甲第一一号証の供述書では、一・四μより小さい顔料の百分率は、顔料全体(S+D)に対する沈降していない量(D)の割合として計算される(甲第七号証の訳文八頁、一四頁)のであるから、沈降速度が一・四μより遅い粒子、すなわち、粒子サイズが一・四μより小さい粒子でも、器底に近い位置に存在する粒子は、一・四μの粒子が水面から器底に沈降するのに要する時間内に沈積するから、甲第七号証及び第一一号証の遠心沈降法によつて求められる一・四μ以下の粒子の%は、一・四μ以下の粒子の真の%よりも大きくなるということはありえないのである。また、四・一μ以上が一〇%以下という要件についても、右と同様に、四・一μよりも小さな粒子も沈積量(S)の中に含まれるから、甲第七号証及び第一一号証の遠心沈降法によつて求められる四・一μ以上の粒子の%は、その真の値よりも小さくなることはないのである。それにもかかわらず、被告製品は、甲第七号証及び第一一号証の測定によつても、一・四μより小さいもの五〇%以上、四・一μより大きいもの一〇%以下になるのであるから、本件発明(二)の構成要件Bを充足していることは明らかである。また、被告は、小林鑑定書(一)について、同鑑定書において使用されたYC-2Bなるクロム酸鉛顔料は、その製造方法、組成、粒子サイズなど全く不明であつて、本件明細書(二)の実施例5記載のクロムイエロー顔料との関係が不明であると主張するが、本件発明(二)は、既知のクロム酸鉛顔料をとくいての粒子サイズにし、それに被覆処理をしたものであり、現に本件明細書(二)には、「本件明細書中でいう「クロム酸鉛顔料」とは、隠ペイカが良好で安価であるということが主な理由で、広く用いられているこの種の既知の無機顔料のグループを意味する。」(本件公報(二)二頁三欄三七行ないし四〇行)と記載されており、クロム酸鉛顔料については何らの限定もないのであるから、被告の主張は、失当である。ちなみに、YC-2Bなるクロム酸鉛顔料は、乾燥クロームイエロー顔料(CI-77600)であつて、本件発明(一)の実施例2の第二パラグラフに記載の方法に準じて製造されたものであり、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料に当然該当するものである。更に、被告は、同鑑定書におけるYC-2Bと水と珪酸ナトリウムとの攪拌混合工程が、本件明細書(二)の実施例5で援用されている実施例4記載の方法と異なる旨主張するが、本件発明(二)の粒子サイズ測定法は、実施例5及び4の方法に限定されるわけではないので、被告の主張は、理由がない。なお、小林鑑定書(一)の方法は、右の実施例の方法と本質的には差異がないので、被告の主張は、この点でも意味がない。

(四)  被告の主張3(四)(2)について

小林鑑定書(一)にいう「実効的なシリカコーテイングが施されている二〇種の試料」とは、原告のKY-795-D、東邦顔料製のEY-2500をはじめ八種、被告製品のサイナート8000をはじめ八種、YC-2Bに狭間隙コロイドミルを行つた後シリカ被覆を施したもの三種の合計二〇種を意味する。小林鑑定書(一)においては、右のうち、YC-2Bに狭間隙コロイドミルを行つた後にシリカ被覆を施したものが三種あつたことが明示されていなかつたため、二〇種の意味が不明であつたかもしれないが、そのうち一八種が何を意味するか、そして、その粒子サイズの測定結果が小林鑑定書(一)の図-10ないし図-14に記載されていることは明らかである。

(五)  被告の主張3(五)について

前1(二)のとおり、アイラー発明き明細書には、アルカリに対して極めて敏感なクロム酸鉛顔料の使用については何ら記載も示唆もされていないばかりでなく、アイラー発明と本件発明(二)とは発送自体が根本的に相違しており、本件発明(二)の粒子サイズ分布は、アイラー発明の明細書の記載から当業者が容易に予測することができるものではない。被告は、アイラー発明の特許請求の範囲の一項では、芯材の粒子サイズについて、〇・〇〇一~〇・一μのものが一〇〇%という極めて細かい粒子サイズを定めており、また、アイラー発明の明細書には、シリカ被覆する前に芯材を攪拌、粉砕し、超微細化すべきことが述べられている旨主張するが、アイラー発明の明細書には、粒子は一~五〇μから1/2インチ以下程度までのいかなる粒子サイズのものでもよく、また、凝集しているものでもよいと記載されており(乙第二号証二欄六行ないし一五行、三欄三二行ないし三五行)、アイラー発明の右の記載からは、どのような粒子サイズのものが本件発明(二)の課題を解決するものとして適当なのか、見当さえもつかないのであり、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布を予測することは全く不可能である。また、アイラー発明は、このように凝集体にシリカ被覆をすることを当然の前提としており、強力に分散したうえでシリカ被覆をするという本件発明とは、技術的思想において根本的に異なる。更に、本件発明(二)では、コロイドミルを用いてクロム酸鉛顔料を剪断する場合には、コロイドミルの間隙を〇・〇〇五インチにセツトしているが(本件公報(二)七頁一四欄二五行ないし二七行)、コロイドミルの間隙は、〇・〇〇一インチないし〇・一二五インチにセツトできるようになつているのであるから、右の〇・〇〇五インチというのは、極めて厳しい条件であり、このことからも、本件発明(二)では極めて強力な剪断力を与える条件が選択されていることが明らかである。他方、アイラー発明の明細書にはコロイドミルを用いることが記載されているが(同明細書の実施例13)、その条件は記載されておらず、更に、同実施例で処理しているものは、アルミナゾルであるが、アルミナゾルは、クロム酸鉛顔料とは全く異質なものであつて、クロム酸鉛顔料の凝集体を粉砕するのに要するような強力な剪断力を用いる必要のないものである。また、同明細書において、ワーリングブレンダーを使用して芯材を微細化することも述べられているが、ワーリングブレンダーは、我々の日常生活で通常ミキサーと呼ばれているものであり、刃のついたプロペラをモーターによつて回転させて摩砕するようにしたものであつて、本件明細書(二)に記載されているコロイドミルやホモジナイザーを特定の厳しい条件で用いる場合のような強力な剪断力を与えるものではない。以上のとおり、アイラー発明の明細書には、クロム酸鉛顔料のスラリーに強力な剪断力を与えてその凝集体を粉砕して、粒子サイズ四・一μ以上のもの一〇%以下及び一・四μ以下のもの少なくとも五〇%とする特定の粒子サイズ分布については、何ら記載も示唆もされていない。特に、シリカ被覆前にクロム酸鉛顔料に強力な剪断処理を加え、右のような特定の粒子サイズ分布とした場合、通常のクロム酸鉛顔料に同様のシリカ被覆を施したものよりも、高温の融解熱塑性樹脂と接触させて摩擦を伴う処理をした場合に優れた抵抗性及び熱安定性を有するシリカ被覆クロム酸鉛顔料が得られるなどということは、アイラー発明の明細書から予測することは到底不可能である。

3  被告の主張4(二)について

被告は、本件発明(二)の構成要件Cにおいては、「抵抗性」の度合が全く特定されておらず、何を必須条件としたのかが不明であると主張するが、甲第一一号証の供述書によれば、本件発明(一)の不定径シリカの皮膜を表面に有するクロム酸鉛顔料刃、このようなシリカを何ら有しないクロム酸鉛顔料よりも熱安定性が優れており、また、本件発明(二)の不定形シリカの皮膜を表面に有するクロム酸鉛顔料は、シリカ被覆のないクロム酸鉛顔料はもちろんのこと、本件発明(一)の不定形シリカ皮膜を有するクロム酸鉛顔料よりも熱安定性及び摩擦に対する抵抗性が優れていること、及び、被告製品は、シリカ被覆のないクロム酸鉛顔料はもちろんのこと、本件発明(一)の不定形シリカ皮膜を有するクロム酸鉛顔料よりも摩擦に対する抵抗性が優れていることが明らかであり、このように本件発明(二)の構成要件Cの「抵抗性」は、比較的簡単な試験を行うことによつて明瞭に判別することができるのであるから、被告の右主張は、失当である。

4  被告の主張5について

原告は、本件特許異義答弁書において、本件発明(一)に対応するフランス特許の明細書の実施例1に記載された顔料組成物は、本件発明(二)の構成Bの粒子サイズに含まれないと述べたにすぎず、右フランス特許に係る発明が本件発明(二)に包含されないと述べたものではない(同答弁書四頁未行ないし五頁一二行参照)。また、原告が本件審判請求理由補充書において述べたことも、同様に、右フランス特許の実施例1のものは本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズよりも大きい粒子サイズを有することを述べたにすぎない。本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であつて、本件発明(一)と利用関係に立つものである。したがつて、被告製品は、本件特許権(一)と本件特許権(二)の両方を侵害するものである。

5  被告の主張6について

本件発明(一)がアイラー発明と比べて新規性があることは、前1(二)のとおりであるから、被告の権利濫用の主張は、理由がない。

6(一)  被告の主張7(一)について

被告は、一kg当たり三五〇円という実施料相当額は、被告製品の販売価格との対比上高すぎる旨主張するが、被告は、不当な安値を設定して市価を極めて低廉なものにしてしまつたのであるから、その結果として右実施料相当額が現在の被告製品の販売価格に対して秘める割合が高くなつてしまつたとしても、そのことを特許法一〇二条の規定の「特許発明の実施に対して通常受けるべき金銭の額」の判定に斟酌すべきではない。また、被告は、原告が菊池工業に対し実施許諾しているのは、原告が日本において有するすべての特許権であると主張するが、原告が実施許諾しているのは、本件特許権(一)及び本件特許権(二)だけである。更に、被告は、右三五〇円は市場独占のための対価であると主張するが、原告は菊池工業に対して専用実施件を与えたものでも、市場での独占権を与えたものでもない。現に、原告は、菊池工業に対する実施許諾後も、本件発明(一)及び本件発明(二)の実施品の製造販売を続けたし、被告も、被告製品の製造販売を続けたのであるから、菊池工業が市場を独占することができるはずもなかつたのである。

(二)  被告の主張7(二)について

被告は、原告が被告製品と同種の道路標示用塗料を製造販売したことはない旨主張するが、原告と被告は、塗料の原料として用いるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の販売していたのであり、顔料の販売という点で競業関係にあつたのである。また、原告は、道路標示用塗料についても、その販売を計画し、具体的に業者に商品紹介をしているのであり、現実にこれを販売する可能性があつたのである。更に、被告製品のうち、別紙目録のA記載のサイナートイエローは、トラフイツクペイント溶着用、硬質塩ビ着色用、軟質塩ビ着色用、メラミンアルキド油性焼付用、アクリル水性焼付用に使用することができるのであるから、原告の本件発明(一)及び本件発明(二)の実施品との競合関係を否定しうるものではない。また、被告は、本件においては被告と競合する第三者が存在することは、特許法一〇二条一項の規定による推定を覆滅する事由になる旨主張するが、複数の侵害者がいる場合こそ損害の立証が困難であることを考えると、損害の立証が困難であることを考慮して設けられた特許法一〇二条一項の規定について、競合する第三者の存在が推定覆滅事由になるとする考え方は採るべきではない。また、仮に競合第三者の存在が推定覆滅事由になるとしても、本件の場合、被告が挙げる競合第三者である二社のうち、菊池工業は原告から本件発明(一)及び本件発明(二)について実施許諾を受けているものであり、訴外東邦顔料は、原告が、被告と同様に、東京地方裁判所に対し、損害賠償を請求している相手方である(同庁昭和五六年(ワ)第三九三九号)。このような場合に、被告の得た利益の額を原告の損害の額と推定することができないとする理由はないから、右二社は、競合第三者には該当しないというべきである。

(三)  被告の主張7(三)について

被告は、販売数量と販売単価については争いがないので、文書を提出する義務はない旨主張するが、原告は、被告製品の販売単価は、少なくとも八〇〇円を下ることはないと主張したことはあつても、八〇〇円であると主張したことはないし、また、仮に、販売数量や販売単価を示す文書については提出する義務がないとしても、被告が得た利益の額の判断に必要な限り、販売数量や販売単価に関する文書の提出も必要となるのである。また、被告は、本件文書提出命令の対象となつている文書の多くを所持していない旨主張するが、「仕入帳」、「その他名称のいかんを問わず、原価計算及び利益額を示す文書」を所持していないことは、製造原価を出さずに販売価格を決めていることになるのであり、経済原則に反する。被告は、「被告製品に関する」となつていることを理由に、そのような限定付の文書は存在しないと主張しているものと解されるが、本件文書提出命令が被告製品に関するものを含む同命令記載の各文書の提出を命じていることは明らかである。

7  被告の主張8について

原告は、昭和五六年四月九日に裁判所に提出した訴状において、被告による被告製品の製造販売行為が本件特許権(一)を侵害するものであるとして、損害賠償を請求し、昭和五七年一月二二日に裁判所に提出した訴状訂正及び請求原因の追加の申立と題する書面により、被告による被告製品の製造販売行為が本件特許権(二)をも侵害するものであるとして、請求原因を追加した。そして、原告は、右訴状において、昭和五三年九月一日ないし同五五年一二月末日までの期間における被告製品の販売額を損害額の計算の根拠としたが、損害賠償の請求をその期間に限るとの限定をしてはいない。したがつて、被告が消滅時効を主張する昭和五六年一月一日から同九月一〇日迄の期間における被告製品の販売行為によつて生じた損害については、右訴状等により請求しているのであるから、時効は中断している。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告が本件特許権(一)及び本件特許権(二)を有していること、本件明細書(一)及び本件明細書(二)の特許請求の範囲の記載及び本件発明(二)の構成要件が原告主張のとおりであること、並びに被告が昭和五三年九月一日から同六一年九月末日までの間、被告製品を販売したことは、当事者間に争いがない。また、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明(一)の構成要件が原告主張のとおりであることが認められている。

二  被告製品が本件発明(二)の技術的範囲に属するか否かについて、次に検討する。

1  本件発明(二)の目的及び構成の概要

前掲甲第二号、成立に争いのない甲第五、第六号証によれば、(1)本件発明(二)は、ペイント及びプラスチツク等に使用するクロム酸鉛顔料の改良に関するものであることから、従前からの技術としては、本件明細書(一)において緻密な無定形シリカ又は無定形シリカとアルミナで被覆したクロム酸鉛顔料が記載されているが、このような顔料は、光、熱及び化学的作用に対して優れた特性を示すものの、液体媒質中で摩擦作用が加えられたときに、その耐光性、耐熱性及び化学的安定性をかなり失うという欠点があり、しかも、その原因が明らかでなかつたこと、(2)本件発明(二)は、右の原因が、例えば、ポリエチレン等の合成樹脂の着色にクロム酸鉛顔料を使用する場合に、クロム酸鉛顔料と合成樹脂との混合物をリボンブレンダー、バンブリミキサー等により均質になるまで激しくかき混ぜる工程における激しい摩擦作用により、シリカが被覆されていたクロム酸鉛顔料粒子の凝集体が破壊され、それによりシリカが被覆されていないクロム酸鉛顔料粒子の表面が露出することにあるとの知見に基づき、クロム酸鉛顔料にシリカを被覆する前に、液体スラリーの状態にあるクロム酸鉛顔料をクロイドミルやホモジナイザー等により強力に剪断し、これによりクロム酸鉛顔料粒子の凝集体を破壊して、同収支を本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定している粒子サイズ分布になるように加工し、その後できるだけ早くシリカを被覆することによつて、前記のような摩擦作用によるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の凝集体の破壊の結果生じる同顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の定価を阻止するという構成の発明であること、(3)本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であつて、その構成要件Aにおいて、クロム酸鉛顔料の表面に、全重量に対し約二~四〇重量%の緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜として沈着させるという、本件発明(一)とほぼ同一の構成を規定し、その構成要件Bにおいて、前一の争いのない事実のとおりクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布について定め、その構成要件Cにおいて、本件発明(二)の改良クロム酸鉛顔料が、耐光性、耐熱性、化学的安定性及び摩擦に対し抵抗性を持つことを定めていること、以上の事実が認められる。

2  本件発明(二)の構成要件Aと被告製品の構造との対比

本件発明(二)の構成要件Aは、前一の争いのない事実によると、「全重量に基づき約二~四〇重量%の緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させた」というものであるところ、(1)本件発明(二)が本件発明(一)の改良発明であり、本件発明(二)の構成要件Aが、本件発明(一)の構成要件Bと対応したものであることは、前一及び二1の争いのない事実帯認定の事実から明らかであるが、前掲甲第二号証によれば、本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な不定形シリカ」、「実質的に連続した皮膜」の構成について、本件発明(一)には、「本発明の顔料に適用するシリカ皮膜は、濃密な不定形連続性皮膜である。この特性は、X線回折または電子顕微鏡によつて確認される。分析および製造法に基づいてシリカが存在することはわかるが、どのような形状の結晶性シリカのライン特性もX線回折によつて示されなかつた。このことから、存在するシリカは不定形であることがわかる。電子顕微鏡により、前記の皮膜中に粒子が存在する証拠、および皮膜が破断している証拠は認められなかつた。このことから、この皮膜は連続性で濃密であることがわかる。この濃密度は、またこれまで知られているシリカゲルで被覆した顔料と対比させることができる。この既知の顔料は、電子顕微鏡はもちろん普通の顕微鏡で観察してさえも、被覆層が多孔質でかさ張つた性質を持つことがわかる。本発明のもう一つの重要な性質は、多くの外部物質に対しての不通気性度が大きいことである。この事実によつても、本発明の濃密で連続性の皮膜と、従来の多孔質ゲル状皮膜とを区別することができる。」(本件公報(一)三頁五欄二七行ないし六欄二行)と記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、本件発明(一)の「不定形シリカ」とは、X線回折によつて結晶性シリカのライン特性がみられないものであること、また、本件発明(一)の「濃密なシリカ皮膜」とは、本件発明(一)の優先権主張日当時つうじようち使用されていた倍率の電子顕微鏡により観察して、シリカ皮膜中に粒子が存在しないものであつて、従来の多孔質でさか張つた性質を持つた多孔質ゲル状皮膜とは異なるものであること、更に、本件発明(一)の「連続した皮膜」とは、前同様の倍率の電子顕微鏡により観察して、皮膜が破断していないものであることが認められる。また、(2)本件発明(一)の構成要件Bと本件発明(二)の構成要件Aとを比較すると、本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な不定形シリカ」との文言と本件発明(二)の構成要件Aの「緻密な無定形シリカ」との文言がそれぞれ対応しているものの、それらは全く同一の文言ではないので、その意味するところが全く同じであるか否かについて念のため検討するに、前掲甲第二号証、第五、第六号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第二一号証の一ないし六によれば、本件発明(一)の発明の詳細な説明の項には、「本発明は特にその表面上に実質的に連続した塗膜として・・・濃密な無定形シリカを持つたクロム酸鉛顔料粒子から本質的に成つている」(本件公報(一)一頁一欄二四行ないし二八行)、「本発明の改良シリカ被覆顔料は・・・両氏の表面にシリカを沈積させ、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜を形成させることによつて製造することができる。」(同二頁三欄一一行ないし一六行)、「本発明の顔料に使用するシリカ膜は、濃密な不定形連続性皮膜である。」(同三頁五欄二七行、二八行)と記載され、また、本件明細書(二)には、「米国特許第3370971号の発明と同じように、本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーテイングで包むことによつて得られる。」(本件こうほけ(二)二頁三欄一五行ないし一八行)と記載されており、そして、右米国特許第三、三七〇、九七一号とは、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国出願に係る米国特許であることが認められ、以上認定の事実によれば、本件明細書(一)においては、「無定形シリカ」と「不定形シリカ」との用語を全く同じ意味の用語として使用していること、また、本件明細書(二)においては、本件明細書(一)の「濃密な不定形(無定形)シリカ」と全く同じ意味で「緻密な無定形シリカ」との文言を使用していることが認められる。そうすると、本件発明(二)の構成要件Aの「無定形シリカ」とは、X線回折によつて結晶性シリカのライン特性がみられないものであり、また、「緻密なシリカ皮膜」とは、本件発明(一)の優先権主張日当時通常に使用されていた倍率の電子顕微鏡により観察して、シリカ皮膜中に粒子が存在しないものであつて、従来の多孔質でさか張つた性質を持つた多孔質ゲル状皮膜とは異なるものであることが認められ、更に、本件発明(二)の構成要件Aの「連続性の皮膜」とは、本件発明(一)の構成要件Bの「連続した皮膜」と同義であることは明らかであるから、前同様の倍率の電子顕微鏡により観察して、皮膜に破断が存在していないものであると認められる。

これに対して、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証、第一一号証及び成立に争いのない甲第二二号証によれば、(1)被告製品は、クロム酸鉛顔料を主成分とし、全重量当たり一四~二一%のシリカ及び一~三%のアルミナを含有しており、また、被告製品の中には、クロム酸鉛顔料を主成分とし、これにモリブデン酸鉛を含むものも存在すること、(2)被告製品のシリカは、X線回折の結果、通常の結晶形を持つシリカが有する最も強い三本の線(アルフア右英-JCPDS番号五-四九〇、クリストバル石-JCPDS番号一一-六九五、トリジマイト-JCPDS番号一八-一一七〇)が各スペクトルにおいて存在していないことから無定形シリカであること、(3)被告製品は、クロム酸鉛顔料粒子の表面をシリカで被覆したものであることが認められ、また、成立に争いのない甲第一六号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一七号証の一ないし三(特に、その資料3、7の電子顕微鏡写真のうち、被告製品を撮影したもの)によれば、(4)被告製品のシリカ皮膜は、倍率一〇万倍及び二〇万倍の電子顕微鏡による観察によつて、その皮膜中にシリカの微粒子及びその不定形凝集塊の存在がほとんど認められないものであること(一〇万倍及び二〇万倍の倍率は、本件発明(一)の優先権主張日当時通常に使用されていた電子顕微鏡の倍率より高倍率であることは、弁論の全趣旨により認められている。)、(5)被告製品のシリカ皮膜は、同倍率の電子顕微鏡でみて、ほとんど破断のないものであることが認められる。右認定の事実によれば、被告製品の右(1)の構造は、本件発明(二)の構成要件Aの「全重量に基づき約二~四〇重量%の・・・シリカ」の構成を、被告製品の右(2)の構造は、同構成要件Aの「無定形シリカ」の構成を、被告製品の右(3)の構造は、同構成要件Aの「シリカを・・・皮膜としてその表面上に沈着させた」の構成を(本件発明(二)の構成要件Aの「その表面上に」とは、「クロム酸鉛顔料の表面上に」という意味であることは、前1認定のとおりである。)、被告製品の右(4)の構造は、同構成要件Aの「緻密な・・・シリカ・・・の皮膜」の構成を、被告製品の右(5)の構造は、同構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備することが認められる。以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Aを充足するものというべきである。なお、被告製品のシリカ皮膜は、右(1)のとおり、アルミナを含んでいるが、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)には、「このコーチングのち密な無定形シリカは、所望によりアルミナと併用することもできる。」(本件公報(二)二頁三欄二六行ないし二八行)と記載されていることが認められ、したがつて、本件発明(二)の無定形シリカ皮膜は、アルミナと併用することもできるのであるから、被告製品がアルミナを含んでいることは、被告製品が本件発明(二)の構成要件Aを充足することの妨げとなるものではない。また、被告製品の中には、右(1)のとおり、クロム酸鉛を主成分とし、これにモリブデン酸鉛を含むものも存在するが、前掲甲第二号証によれば、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料とは、クロム酸鉛を含有するものも当然これに含まれるものであることが認められ(本件公報(一)一頁二欄二行ないし一三行及び二頁四欄一〇行ないし一五行参照)、そして、前1認定のとおり、本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であるから、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料も、この点では本件発明(一)のクロム酸鉛顔料と全く同じものと解され、したがつて、被告製品のうち、クロム酸鉛を主成分とし、モリブデン酸鉛を含有するものも、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料に含まれるものであることは明らかである。

被告は、被告の主張2(一)において、(1)本件発明(一)の構成要件Bの「実質的に」の構成については、本件明細書(一)にその説明がない、(2)本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な」、「連続した皮膜の形で存在する」の構成に関する前認定の本件明細書(一)の発明の詳細な項の記載中、「証拠」の内容が明らかでなく、また、「電子顕微鏡の倍率」が特定されていない、(3)本件発明(二)の「緻密な」、「実質的に連続性の皮膜」の構成については、本件明細書(二)にその説明が一切存しないので、物の発明の構成としてその技術的内容を理解することができない。(4)別紙目録のA、Bの記載は、いずれも被告製品の顔料組成物、皮膜の構造を客観的に特定するに足りうるようには記載されていないとと主張するが、本件発明(一)及び本件発明(二)の右合成は、前掲甲第二号証、第五、第六号証及び乙第二一号証の一ないし六により、当業者であれば、明細書の合理的な解釈によつて、前述のとおり理解することができるものと認められるから、その技術的内容を理解することができないとする被告の右(1)ないし(3)の主張は、採用することができない。また、原告の本訴請求は、損害賠償請求であつて、被告製品の製造はんばいとうの差止めを求めるものではないから、被告製品の特定は、別紙目録の記載程度の特定でも十分であり、したがつて、被告の右主張も、採用の限りではない。更に、被告は、(1)小林鑑定書(一)の資料3及び7の被告製品の電子顕微鏡写真には、明らかに皮膜中に粒子が存在し、あるいは皮膜が破断していることが撮影されている。(2)小林鑑定書(一)は、「シリカ皮膜の形成に寄与しなかつたシリカが微粒子となつてしばしば顔料粒子表面に凝集付着している。しかも電子顕微鏡写真の技術的未熟さが皮膜とそれに付着したシリカ粒子の区別をあいまいなものにしている場合があり、そのため一見不れんぞくな膜が存在しているのではないかという疑問が生じることもあると思われる。」と弁明しているが、この意見によれば、電子顕微鏡写真によつて「連続した濃密な皮膜」を確認することは適切ではないということになり、これは、本件明細書(一)のきさいに反する、(3)小林鑑定書(二)には、被告製品の皮膜はガラス状の連続膜であるとの意見が記載されているが、小林鑑定書(一)の電子顕微鏡写真からは、ガラス状の連続膜か否かは判定しえないし、本件明細書(一)の記載から離れて、ガラス状連続膜により主張を展開しても意味がない、(4)小林鑑定書(一)のエネルギー選択像という方法は、本件明細書(一)及び本件明細書(二)の記載とは全く関連性を有しない旨主張するが、前掲甲第一七号証の一ないし三及び成立に争いのない乙第二四号証によれば、小林鑑定書(一)の資料7の電子顕微鏡写真のうち、被告製品を撮影したものについては、シリカ皮膜のごく僅かな部分において破断が生じている(なお、資料3の写真については右のような破断は存しない。)ことが認められるが、右の破断は、全体からみればごく僅かであり、かつ、本件発明(二)の構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」の構成は、「実質的に」連続であれば足りるのであつて、完全に連続であることを要求しているものではないから、小林鑑定書(一)の資料3及び7の被告製品の電子顕微鏡写真にみられる程度に連続していれば、被告製品のシリカ皮膜は、前述のとおり、実質的に連続性の皮膜であると認定して差支えないものというべきである。また、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、小林鑑定書(一)の資料3及び7の電子顕微鏡写真のうち、被告製品を撮影したものについてみると、シリカ皮膜が個々の粒子により形成されたものではなく、一様な連続膜であることが明瞭であるものの、ところどころ、シリカの皮膜中において、他の部分より色が濃くなつている部分が存在するのであるが、これは、右写真を全体的に観察してみれば、シリカ皮膜の形成に寄与しなかつたシリカがシリカ皮膜の表面に付着して、イリカ皮膜と重なつて写つているためであるにすぎないことが認められる。したがつて、被告の右(1)の主張は、採用しえない。また、前掲甲第一七号証の一ないし三によると、小林鑑定書(一)は、これを全体的にみれば、電子顕微鏡写真により観察して、被告製品が緻密で実質的に連続製の皮膜を有することを確認していることが明らかであるから、被告の右(2)の主張もまた、採用することができない。更に、被告製品のシリカ皮膜が緻密な実質的に連続性のシリカ皮膜であることは、前示のとおり、本件明細書(一)及び本件明細書(二)の解釈と小林鑑定書(一)の資料3及び7の電子顕微鏡写真自体から認定することができるのであつて、小林鑑定書(一)にいうガラス状の連続膜に関する点及びエネルギー選択像に関する点は、これを認定資料に用いる必要はないのであるから、被告の右(3)及び(4)の主張は、前認定に対する反論となりえないことが明らかである。

被告は、被告の主張2(二)において、公知技術であるアイラー発明は、クロム酸鉛顔料を含む芯材に不定形シリカの濃密な実質的に連続した皮膜を形成する技術を開示しているから、本来、公知技術より新規性、進歩性を有するものとして特許が付与されている本件発明(一)は、アイラー発明とは異なる構成のものでなければならず、したがつて、本件発明(一)の構成要件Bは、アイラー発明のシリカ皮膜とは異なる構成のものであるところ、被告製品のシリカ皮膜は、アイラー発明のシリカ皮膜と同一の構成であるから、本件発明(一)の構成要件Bを充足しないものというべきであり、また、同構成要件と同じ構成を規定している本件発明(二)の構成要件Aも充足しない旨主張するが、前掲甲第二号証、第五、第六号証及び成立に争いのない乙第二号証によれば、アイラー発明と本件発明(一)とは、次に述べるとおり、緻密な実質的に連続性の無定形シリカ皮膜を形成する点においては同一であるが、アイラー発明は、芯材としてクロム酸鉛顔料を開示していないものと認められ、したがつて、クロム酸鉛顔料がアイラー発明の芯材として開示されていることを前掲とする被告の右主張は、採用しえない。すなわち、前掲乙第二号証によれば、アイラー発明は、シリカ以外の固体物質たる芯材の表面に不定形シリカの濃密な皮膜を形成したものであるところ、その芯材は、シリカ以外のものであつて、水に不溶性の無機物あるいは有機物のいずれでもよく、また、内部はどのような組成でもよいが、表面がシリカ皮膜と親和性を有するものでなければならないこと、アイラー発明の芯材の具体例としては、銅、銀、バリウム、マグネシウム、ベリリウム、カルシウム、ストロンチウム、亜鉛、チタン、ジリコニウム、錫、鉛、三価クロム、マンガン、鉄、コバルト及びニツケル(あるいはこれのらの組合せ)の珪酸塩若しくは酸化物、あるいはそのような物質で被覆した芯が挙げられているが、このほかにも、水に不溶性で、珪酸イオンを含むアルカリ性溶液と接触した場合直ちに金属珪酸塩の薄い被覆を生じるような金属化合物、例えば、硫化亜鉛、塩化銀、硫酸バリウム、燐酸アルミニウム、炭酸ジリコニウム、燐酸チタン、若しくは、ハロゲン化物、炭酸塩、燐酸塩等の化合物でもよいことが開示されていること、また、同発明においては、芯材がアルカリに浸食されるような場合、pHは少なくとも最初はpH8~11という指定範囲の低い方に保つようにし、芯の表面に皮膜が形成され始めた後は必要ならpH値を上げるとの方法も開示されていることが認められ、これに対して、前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第一三号証の一、二、第一五号証、乙第一四号証の一ないし三、原本の存在及び成立に争いのない甲第二一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一四号証並びに弁論の全趣旨によれば、クロム酸鉛顔料中、黄鉛(クロムイエロー)、赤口黄鉛(クロムオレンジ)等は、アイラー発明の米国における特許出願前から広く使用されていた周知の顔料であること、アイラー発明の明細書には、前認定のとおり数多くの芯材が具体的に開示されているにもかかわらず、周知の顔料であつたクロム酸鉛顔料は、芯材として具体的に記載されていないこと、また、クロム酸鉛顔料の中でも、黄鉛は、アイラー発明に開示されているようなアルカリ性条件下(pH8~11)で高温(六〇℃~一二五℃)で処理すると変色するため、色相が重複される顔料としては、黄鉛をアイラー発明で開示されているような条件下で処理することは、当業者の技術常識では考えられなかつたこと、更に、赤口黄鉛(塩基性クロム酸鉛)にしても、アルカリ性に対し抵抗力があるものの、その色調の深みは塩基度によつて増大するのであり、特に、淡い色調におけるアルカリ性抵抗は貧弱であること、また、顔料として広く利用されていたクロム酸鉛顔料に不定形シリカの濃密な皮膜を形成し始めたのは、アイラー発明の公開後数年を経て、本件発明(一)が公開されてからであつて、当業者においても、アイラー発明の皮膜をクロム酸鉛顔料に適用しうるものとは理解していなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、アイラー発明の明細書にクロム酸鉛顔料が芯材として開示されていると認めることはできないものといわなければならない。被告は、クロム酸鉛は、これを珪酸ナトリウムで処理すると金属珪酸塩の一つたる珪酸鉛がその表面に生成するし、また、クロム酸鉛を水酸化ナトリウムで処理した場合にも、その表面に水酸化鉛が生成し、これもシリカ皮膜と反応性を有し、珪酸鉛を生ずるので、アイラー発明の明細書に開示された芯材そのものである旨主張するが、前掲乙第二号証によれば、アイラー発明の明細書には、そもそもクロム酸鉛についての記載が存しないのであるから、クロム酸鉛について被告が主張するような化学的変化が生起するか否かは、同明細書からは全く不明であることが認められ、また、前認定のとおり、クロム酸鉛顔料をアルカリ性条件下にさらすと、変色するのであるから、被告の右主張は、顔料の色相の変化を無視したものであり、採用の限りではない。また、被告は、クロム酸鉛顔料は、実際の工業製品としては、その製造時の終了工程において、過剰な鉛イオンを残し、この鉛イオンを苛性ソーダあるいは炭酸ソーダで不溶化させ工業製品とするのが当業者の技術常識であり、したがつて、黄鉛の表面は、金属酸化物たる酸化鉛が比率的には多く存在するし、また、赤口黄鉛は、黄鉛を苛性ソーダ溶液中で処理して、クロム酸イオンがアルカリ溶液中に溶出することを利用して製造されるのであるが、その表面部は、溶出せずに残る酸化鉛により、赤橙色を帯びる旨主張するが、前掲乙第二号証によれば、そもそもアイラー発明の明細書には、クロム酸鉛についての記載が存しないのであるから、クロム酸鉛顔料を実際の工業製品として製造するときに、被告が主張するような化学的変化が生起するか否か、赤口黄鉛を製造するときに、その表面部に酸化鉛が溶出せずに残るか否かは、同明細書からは全く不明であることが認められ、右認定の事実によれば、被告の右主張もまた、採用しえないものである。かえつて、被告製品のシリカ皮膜は、アイラー発明のシリカ皮膜と同一の構成であるとの被告の前示主張は、被告製品のシリカ皮膜が、不定形シリカの緻密な実質的に連続性の皮膜であり、本件発明(二)の構成要件Aのシリカ皮膜と同一であるとの前認定を逆に裏付けるものといわざるをえない。更に、被告は、原告の主張に対する反論として、赤口黄鉛がアルカリに強いことは当業者に周知の事実であるし、アイラー発明の明細書においても、アルカリに弱い芯材を使用する場合についての記載があるから、クロム酸鉛顔料がアルカリに弱いとしても、アイラー発明におけるアルカリ性の条件下で処理することが考えられないことはない旨主張するが、前認定のとおり、黄鉛は、アイラー発明に記載されているようなアルカリ性条件下で高温で処理すると変色するのであり、又、赤口黄鉛も淡い色調におけるアルカリ抵抗性は貧弱なのであるから、被告の右主張によつても、アイラー発明の明細書に、芯材としてクロム酸鉛顔料が開示されているとみることはできない。なお、被告は、クロム酸鉛顔料がアイラー発明と同一のシリカ皮膜を施すようになつたのが、アイラー発明の公開後数年を経て、本件発明(一)が公開されてからであるのは、近年大量交通時代に入り、道路用塗料について耐久性が要求されるようになつたためである旨主張するが、被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

被告は、被告の主張2(三)において、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国特許の出願経過について述べるが、仮に右の米国特許について被告主張のような出願経過があつたとしても、そのことにより本件発明(一)あるいは本件発明(二)の技術的範囲について被告の主張するように解すべきものとは考えられず、したがつて、被告の右主張は、採用することができない。

3  本件発明(二)の構成要件Bと被告製品の構造との対比

(一)  本件発明(二)の構成要件Bは、前一の争いのない事実によると、「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して、それぞれ粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%を含むクロム酸鉛顔料粒子から実質的に成り」というものであるところ、前掲甲第一六号証、第一七号証の一ないし三及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二三号証によれば、小林鑑定書(一)においては、(1)被告製品を別紙(四)記載の条件で超音波分散処理をして、クロム酸鉛顔料粒子を十分にときほぐしたうえで、本件遠心沈降法により別紙(五)記載の条件でその粒子サイズを測定すると、右粒子サイズは、別紙図-13、図-14(小林鑑定書(一)の図-13、図-14)に示すとおりであり、これによれば、被告製品の右クロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズは、別紙(二)(小林鑑定書(一)三一頁表-3)のとおりであつて、粒子サイズ一・四μ以下のものが全体の六〇%ないし八七%、四・一μ以上のものが全体の一〇%未満であること、(2)被告製品を別紙(四)記載の条件で(ただし、分散剤は添付しない。)超音波分散処理をして粒子をときほぐしても、シリカ皮膜が破壊された粒子はほとんど見当たらず、凝集体のままシリカ被覆されたものはそのままはかいされずに凝集体として分散しており、したがつて、右の超音波分散処理を行つても、イリカ被覆前よりも細かい粒子が増えることはないこと、(3)コロイドミルにより剪断したクロム酸鉛顔料粒子と同粒子をシリカで皮膜したクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズは、本件遠心沈降法により測定すると、別紙図-8、図-9(小林鑑定書(一)の図-8、図-9)に示されるとおりであつて、シリカ被覆前の顔料スラリーの粒子サイズとシリカ被覆五のものの粒子サイズとは、その粒子サイズ分布がよく一致し、互いに高度な相関性を有すること、以上の事実が小林鑑定書(一)記載の実験により確認されたことが認められ、右認定の事実によれば、被告製品のシリカ被覆前の顔料スラリー中のクロム酸鉛顔料粒子は、別紙目録のA、Bの各(3)記載の粒子サイズ分布を有するものであることが認められる。

(二)(1)  被告は、被告の主張3(一)(1)冒頭部分及びロにおいて、本件発明(二)の構成要件Bの顔料スラリーとは、構成要件Aの不定形シリカ被覆が形成される以前の顔料スラリーの粒子サイズ分布を規定したものであるから、小林鑑定書(一)がシリカ被覆後の完成品である被告製品を分散し、そのうえで粒子サイズを測定しても意味がない旨主張するが、前認定のとおり、小林鑑定書(一)においては、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーの粒子サイズとシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズとを測定して、その粒子サイズ分布がよく一致し、互いに高度な相関性があることを確認したうえで、被告製品についてシリカ被覆されているクロム酸鉛顔料の粒子サイズを本件遠心沈降法により測定し、これにより被告製品におけるシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーの粒子サイズを認定しているものであるところ、原告は、これに基づいて、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Bを充足する旨主張しているのであつて、その主張は相当であり、したがつて、被告の右主張は、採用することができない。なお、被告は、被告の主張3(一)(1)イにおいて、小林鑑定書(一)においても、シリカ被覆前とシリカ被覆後けとでは、クロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布が異なることを積極的に認めているとして、同鑑定書(一)の「攪拌分散のみでコーテイングを行つた試料に超音波分散をいくら行つてもその分散はよくならないが(図9の⑥)、コーテイングしない試料を超音波分散させるとかなり高い分散を示す(図9の③)。」との記載を引用するが、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、右の記載は、超音波分散による分散効果がシリカ被覆の有無により異なることを述べているにすぎないことが明白であるから、被告の右主張も、採用の限りでない。次に、被告は、被告の主張3(一)(2)において、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズがシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズよりも大きいことを前提とする原告の主張について、右前提は成立しない旨るる主張するが、前認定のとおり、小林鑑定書(一)においては、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布とシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布との間に高度の相関性があることを認定し、それを前提として前記結論導いているのであつて、シリカ被覆ごのクロム酸鉛顔料の粒子サイズがシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーの粒子サイズよりも大きいことを前提として結論を導いているのではないのであるから、被告の右主張も、採用するに由ないものである。更に、被告は、被告の主張3(一)(3)において、荒川補充鑑定書の第四に記載されているとおり、小林鑑定書(一)の図-7、図-8からは、シリカ被覆前とシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布に高度の相関性があるものと認めることはできない旨主張するので、この点について検討するに、前掲乙第二四号証、成立に争いのない乙第二八号証の一、二によれば、京都工芸繊維大学工芸部教授荒川正文は、荒川補充鑑定書及び昭和六一年一一月二八日付補充鑑定書において、小林鑑定書(一)の図-7の(1)(これは、同鑑定書図-8の①の曲線と同じである。)と図-8の②の曲線から、Hight shear colloid mill(試料C)の、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズとシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズのデータを読み取り、これを対数正規確率紙にプロツトすると、荒川補充鑑定書の図-2の②(シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布)、③(シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布)に示すとおりのものとなり、右図-2の②と③との相関性をみると、粒子サイズ〇・七五μ以上のものが全体に占める割合は、②については全体の一九・五%、③については全体の三九%であり、更に、粒子サイズ一・四μ以上のものが全体に占める割合は、②については全体の九%、③については全体の二〇%であり、右の②と③との間に高度の相関性があるとはいえない旨の意見を述べていることが認められる。しかしながら、第一に、荒川補充鑑定書においては、小林鑑定書(一)の図-7、図-8を対数正規確率紙にプロツトし直しているのであるが、前掲甲第五、第六号証、第一七号証の一ないし三及び甲第二三号証によれば、小林鑑定書(一)の図-7、図-8は、本件明細書(二)に添付されている第2図ないし第5図と同じ粒子サイズ分布図であることが認められるところであつて、本件発明(二)と被告製品との対比に関する資料としては、小林鑑定書(一)の右粒子サイズ分布図は相当であり、これを荒川補充鑑定書のように対数正規確率紙にプロツトし直す必要はないものというべきである。また、第二に、前掲甲第一七号証の一ないし三、第二三号証によれば、小林鑑定書(一)の図-8の①、②の曲線から読み取つた数値によると、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料で一・四μ以下の粒子サイズのものは全体の九〇%(曲線①)、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料で一・四μ以下の粒子サイズのものは全体の八三%(曲線②)を占めるものであり、右図-8の曲線②と①との間の数値の誤差は、僅か約八・四%である((90-8)÷83≒0.084)こと、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料で四・一μ以下の粒子サイズのものは全体の九八・五%(曲線①)、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料で四・一μ以下の粒子サイズのものは全体の九五・五%(曲線②)を占めるものであり(本件発明(二)の構成要件Bとの関係においては、クロム酸鉛顔料の粒子サイズについて、四・一μ以下のものが九八・五%、九五・五%であることは、四・一μ以上のものが一・五%、四・五%であることを意味するものである。)、右図-8の曲線②と①との間の数値の誤差は、僅か約三・一%((98.55)÷95・5≒0.031)と、更に小さいものであることが認められる。以上によれば、小林鑑定書(一)の図-8の曲線①と②に記載されているシリカ被覆前とシリカ被覆五のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布には、高度の相関性があるとの前認定は相当であつて、荒川補充鑑定書の第四の記載を援用してこれを否定する被告の右主張は、採用しえないものというべきである。更にまた、被告は、被告の主張3(一)(3)において、小林鑑定書(二)には、クロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布について、「シリカ被覆前後の差は一〇%以内と小さく、よく一致しているといえる。」との意見が述べられているが、右の意見は、本件発明(二)の構成要件Bの「粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%」との厳格な数値限定と矛盾するものであると主張するところ、前掲甲第二三号証によれば、小林鑑定書(二)において、右に被告が主張する記載が存するが、これは、粒子サイズ〇・七五μ以上のものの全体に占める割合が、図-8の曲線①の場合が二六%、曲線②の場合が三六%であり、また、一・四μ以上のものの全体に占める割合が、曲線①の場合は一〇%、曲線②の場合が一七%であるから、いずれもシリカ被覆前後の誤差は一〇%以内と小さく、よく一致している旨述べているにすぎないものであることが認められる。そして、右に認定したとおり、シリカ被覆前とシリカ被覆五のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布の誤差は、粒子サイズ一・四μ以下のものが全体に占める割合を示す数値において約八・四%であり、粒子サイズ四・一μ以下のものが全体に占める割合を示す数値において約三・一%と、これよりも更に小さいものであり、かつ、被告製品の粒子サイズ分布は、前認定のとおり、別紙(二)のとおりであるから、これに右認定の八・四%の誤差をみても、被告製品は、以前として本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布の構成を具備していることが明らかである。したがつて、被告の右主張もまた、採用するに由ないものといわざるをえない。

(2) 被告は、被告の主張3(二)において、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズの測定対象となるクロム酸鉛顔料粒子は、乾燥ないし半乾燥(ペースト状)のクロム酸鉛顔料をスラリー状として、これを分散した直後のものに限られるのに対し、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が乾燥ないし半乾燥のものであるとの主張立証はないと主張し、右のように解すべき根拠として、本件明細書(二)には、本件発明(二)においては、クロム酸鉛顔料は放置又は乾燥している間に凝集化する性質を持つから、シリカ被覆前に置いてクロム酸鉛顔料を分散する処理を施すことが必須であることが記載されており、かつ、クロム酸鉛顔料粒子の単懸賞の粒子サイズは、〇・一~二・〇μであるから、本件発明(二)の顔料スラリーは、乾燥により凝集しているものに限られること、本件明細書(一)に記載されたすべての実施例は、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料を乾燥顔料ないし半乾燥ペースト状であるとしているところ、本件発明(二)は、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料をより強力に分散することにより本件発明(一)のクロム酸鉛顔料を改良するという発明であるから、本件発明(二)にいう顔料スラリーは、乾燥ないし半乾燥の顔料に限られることを挙げるが、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)の特許請求の範囲の項には、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が乾燥ないし半乾燥の顔料に限られることが、本件発明(二)の構成に欠くことができない時効として記載されていないことは明らかであり、また、本件発明(二)は、前二1認定のとおり、シリカ被覆クロム酸鉛顔料が摩擦作用によりその凝集体が破壊され、それによりシリカが被覆されていないクロム酸鉛顔料粒子の表面が露出し、クロム酸鉛顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性が低下することを防ぐために、シリカ被覆前にクロム酸鉛顔料を強力に剪断して構成要件Bに規定する粒子サイズ分布になるように加工し、その後できるだけ早くシリカ被覆をして、摩擦作用によるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の凝集体の破壊と、それに伴うクロム酸鉛顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下を防ぐという目的及び構成の発明であり、クロム酸鉛顔料が乾燥ないしは半乾燥したものか否かは、本件発明(二)の右目的及び構成とは直接の関係がないこと、さらに、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)には、「普通の方法で顔料を製造した場合、このような顔料粒子のクラスターまたはアグロメレートは、乾燥粉末顔料と水とを混合することによつて調整したスラリ中ではもちろん、乾燥段階を経ることがなかつた水性顔料プレスケーキ中においてまつたく普通にみられるものである。」(本件公報(二)三頁五欄二六行ないし三二行)、「顔料粒子は放置もしくは乾燥している間に、再びアグロメレーシヨンする傾向をもつので、脱アグロメレーシヨン段階の後できるだけ早く、この顔料粒子上にシリカのコーチングを施すことが重要である。」(本件公報(二)三頁六欄四一行ないし四五行)との記載があることが認められるが、右認定の事実によればクロム酸鉛顔料は、乾燥段階を経ない水性プレスケーキ中においても凝集化するし、単に放置しているだけでも時間が経過すれば凝集化する傾向を持つものであることが認められる。以上認定の本件明細書(二)の特許請求の範囲の項の記載、本件発明(二)の目的及び構成並びに極めて凝集化しやすい傾向を持つクロム酸鉛顔料の性質によれば、実質的にも、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が乾燥ないし半乾燥の顔料に限られるか否かということが、本件発明(二)の構成に欠くことができない事項であると解すべき理由はないものというべきである。なお、被告は、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料が乾燥ないし半乾燥のものであると解すべき根拠として、一貫製造の場合には、芯材のクロム酸鉛の製造段階においては、ろ過ないし乾燥させる必要はなく、顔料スラリーのままシリカ被覆を施すことができ、そして、この場合には、クロム酸鉛顔料は、公知の〇・一~二・〇μという粒子サイズであるから、本件発明(二)にいう強力な剪断を加える必要は全くないと主張するが、一貫製造の場合でも、クロム酸鉛を製造した後、このクロム酸鉛について何らのろ過処理を経ることなく、シリカ被覆を行うということは、化学常識上考えにくいことであり、また、実際上被告が主張するような処理を行つていることを認めうる証拠はない。そうすると、クロム酸鉛顔料を製造し、これについてシリカ被覆をする場合には、実際上の処理として、クロム酸鉛顔料についてのろ過ないしは乾燥等の処理工程を経ずに、全く凝集していないクロム酸鉛顔料にシリカ被覆をするという処理工程を経ることが考えにくい以上、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布の測定対象とするクロム酸鉛顔料は乾燥ないし半乾燥のクロム酸鉛顔料でなければならないとする被告の前記主張は、この点からも、採用に由ないものといわなければならない。また、被告は、本件特許異義答弁書における原告の主張によれば、本件発明(二)の構成要件Bのクロム酸鉛顔料は、シリカ被覆前にいつたん乾燥させ、これを分散したものを対象とすることになる旨主張するが、原本の存在及び成立に争いのない乙第三号証の一によれば、原告は、本件特許異義答弁書において、クロム酸鉛顔料粒子は、〇・一~二・〇μの範囲の粒子サイズを有しており、本件発明(二)の構成要件Bのは公知である旨の異義申立人の主張に対し、クロム酸鉛顔料は、ろ過又は乾燥させた場合は、その工程において凝集する傾向があり、そのようなクロム酸鉛顔料をその後シリカ被覆しても、本件発明(二)の構成要件Bよりも大きな粒子サイズ分布を有する結果となるのであるから、構成要件Bは公知ではない旨述べていることが認められ、右認定の事実によれば、原告は、本件特許異義答弁書において、クロム酸鉛顔料はシリカ被覆前のろ過又は乾燥工程において凝集するのが通常であるから、本件発明(二)の構成要件Bは公知ではない旨述べているのであつて、この本件特許異義答弁書の記載から、本件発明(二)の構成要件Bのクロム酸鉛顔料は、シリカ被覆前にいつたん乾燥させ、これを分散したものを対象とすることになるとはいえず、したがつて、被告の右主張は、採用しえないものである。なお、本件発明(二)は、前認定の目的及び構成から明らかなように、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が凝集するのが通常であるから、本件発明(二)の構成要件Bは公知ではない旨述べているのであつて、この本件特許異義答弁書の記載から、本件発明(二)の構成要件Bのクロム酸鉛顔料は、シリカ被覆前にいつたん乾燥させ、これを分散したものを対象とすることになるとはいえず、したがつて、被告の右主張は、採用しえないものである。なお、本件発明(二)は、前認定の目的及び構成から明らかなように、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料が凝集していることを当然の前提として、これを強力に剪断して構成要件Bに規定する粒子サイズ分布になるように加工するというものであるから、仮に、被告製品のクロム酸鉛顔料が、シリカ被覆の前後を通じ単結晶のまま全く凝集しないものであつて、そのクロム酸鉛顔料の単結晶にシリカ被覆をしているというものであれば、被告製品を本件発明(二)のシリカ被覆クロム酸鉛顔料とは異なるものといわざるをえないが、被告製品のクロム酸鉛顔料が、シリカ被覆の前後を通じ、全く凝集していない単結晶のものであるとの主張立証はなく、かえつて、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、被告製品においては、クロム酸鉛顔料粒の凝集体が存在しており、同凝集体にシリカ被覆をしている構造のものであることが明らかに認められるのである。

(3) 被告は、被告の主張(三)において、粒子サイズの測定においては、測定対象となる試料の状態、分散剤の有無等により測定結果が異なるところ、本件明細書(二)には本件遠心沈降法の記載として実施例5の記載しかないから、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)の実施例5の記載の方法に限定されると主張するので、審案するに、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)においては、その特許請求の範囲の項には、「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して」記載され、発明の詳細な説明の項には、実施例5の方法として、「A-クロムイエロー(CI-77600)の水性スラリーを例4-Aとまつたく同じようにしてコロイドミルにかける。コロイドミリングした後すぐにこのスラリを10等分し、それぞれを150ないし1250rpm・・・の範囲内のいろいろ異なつた速度において5分間遠心分離する。次に、この遠心分離管に沈積しなかつたスラリをデカンテーシヨンし、乾燥し、秤量する。また、沈積した部分を管から取り出し、洗浄し、乾燥した後秤量する。B-顔料スラリを5000p.s.i.で均質化する点(例4-Bと同じ)以外は例5-Aとまつたく同じようにして実験を繰り返す。・・・ストークス則に基づく数学方程式を用い、これに遠心作用を代入することによつて・・・前記の結果を、顔料粒子の「ストークス・エクバレント・ダイアメーターズ(・・・)」として表すことができる。」(本件公報(二)九頁一八欄三一行ないし四三行、一〇頁一九欄一〇行ないし一九行)と記載され、更に、右例4-Aとして、「A-乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI77600)150部と水1250部とから成るスラリを、室温において均一になるまでかきまぜる。次に、この中へ例1に記載したケイ酸ナトリウム溶液20部をかきまぜながら加え、さらに5分間かきまぜ続ける。このスラリを間隙0・005”(約0・1p.s.i.のセン断力を与えるように計算)にセツトしたコロイドミル(マントン・ガウリン・マニユフアクチヤーリング・カンパニー製、モデル#2F)にかける。」(本件公報(二)七頁一四欄二〇行ないし二九行)と記載されていることが認められる。そして、右の記載と、本件明細書(二)の特許請求の範囲の項に発明の構成に欠くことができない事項として、「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して」と記載されていることによれば、本件発明(二)の構成要件Bは、本件遠心沈降法、すなわち、遠心分離処理を含むデカンテーシヨン法を用い、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式に従つて、顔料粒子のストークス・エクイバレント・ダイアメーターズを求めるという測定方法を用いることを意味することが明らかであり、これをラサに本件明細書(二)の実施例5記載の測定条件のものに限定すべきとする被告の主張は、特許発明の技術的範囲を実施例記載のものに限定すべきであるとする主張であつて、本件においては直ちに採用しえないものである。また、被告は、本件特許異義答弁書における原告の主張からも、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布測定法は本件明細書(二)の実施例5のものに限定される旨主張するが、前掲乙第三号証の一によれば、原告は、本件特許異義答弁書において、異義申立人は、日立製作所製光走査迅速粒度分布測定装置を用いて、遠心分離を行わずに利分布の測定をしているもきであるから、本件発明(二)の本件遠心沈降法とは異なる方法により粒子サイズを測定しているものである旨述べているにすぎないことが認められ、右認定の事実によれば、本件特許異義答弁書の記載から、本件遠心沈降法を本件明細書(二)の実施例5の方法に限定すべきであるとする被告の右主張も、採用の限りではない。ただ、成立に争いのない乙第五号証によれば、粒子サイズの測定においては、試料の濃度、分散剤の種類等の条件によつては測定結果に影響がでる場合もあることが認められるので、念のため、小林鑑定書(一)の粒子サイズ測定の条件と本件明細書(二)の実施例5の測定条件とを比べてみるに、前掲甲第一七号証の一によれば、小林鑑定書(一)における粒子サイズ測定の条件は、(1)シリカ被覆前後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズの相関性(図-8)をみるために粒子サイズを測定した際には、粉末試料(YC-2B)一五〇gを一二五〇gの水と一・四wt%の珪酸ソーダ(分散剤)に混合して(試料濃度一〇・七wt%)、これを特殊機化工業社製T・K・マイコロイダーL型(回転数三六〇〇回/分、砥石直径九五mm)のコロイドミルを用い、砥石間隙を狭間隙のときは二五μ、広間隙のときは二〇〇μにセツトして剪断し、そして、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズとシリカ被覆後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズを本件遠心沈降ほうによりそれぞれ測定し、その間の粒子サイズの相関性を観察していること、また、(2)被告製品の粒子サイズ測定の際は、被告製品一五〇gを蒸留水一二五gと一・四wt%の珪酸ソーダに混合し、これを別紙(四)記載の方法で超音波分散(一五〇W、五分間)したうえで、その粒子サイズを本件遠心沈降法により測定していること、以上の事実が認められ、右認定事実によれば、小林鑑定書(一)においては、本件遠心沈降法によりながら、試料濃度、分散剤等の点においても、本件明細書(二)の実施例5において引用されている実施例4-Aの条件に従つて粒子サイズを測定していることが認められる。なお、被告は、小林鑑定書(一)は、本件明細書(二)の実施例5記載の測定方法と異なる測定方法により被告製品の粒子サイズを測定している旨主張し、その理由として、まず、(1)本件明細書(二)の実施例5では、実施例4-Aと同じく「乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI-77600)」といし製品が使用されている(本件公報(二)七頁一四欄二〇、二一行、九頁一八欄三一行)ところ、原告が鑑定のために提供したYC-2Bなるクロム酸鉛顔料粒は、その製造方法、組成、粒子サイズなど全く不明であつて、本件明細書(二)記載の右顔料との関係が不明であると主張するが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる第二四号証によれば、小林鑑定書(一)において使用されたYC-2Bは、本件明細書(二)の実施○5において使用されているクロムイエロー顔料(CI-77600)であることが認められ、右認定の事実によれば、被告の右指摘の点は何ら問題とはならないものというべきである。また、被告は、(2)小林鑑定書(一)においては、YC-2B一五〇gと純水一二五〇mlと珪酸ナトリウム二〇gとを同時に攪拌混合して顔料スラリーを作成しているのに対し、本件明細書(二)の実施例5で援用されている実施例4においては、前述の乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI-77600)一五〇部と水一二五〇部とから成るスラリーを室温において均一にかき混ぜた後、珪酸ナトリウム溶液二〇部をかき混ぜながら加え、更に五分間かき混ぜ続けることによつて顔料スラリーを作成しているのであつて、右小林鑑定書(一)記載の方法は、本件明細書(二)の右実施例の方法とは異なり、更に、右実施例において使用される珪酸ナトリウム溶液とは、「ジュポン社#20WWグレード、分析値sio228.4%:sio20比=3.25」(本件公報(二)七頁一四欄二三行、二四行、六頁一二欄三一行ないし三三行)であるが、小林鑑定書(一)における珪酸ナトリウムの組成は不明であると主張するが、そもそも本件遠心沈降法の測定条件が、実施例5記載の測定条件そのものに限定されるものと解すべきではないことは、前説示のとおりであり、また、被告が右主張するような僅かな点の差異が、粒子サイズの測定に顕著なる影響を与えるものと認めるに足りる証拠はない。更に、被告は、(3)本件明細書(二)の実施例5の試料Aは、実施例4-Aに記載されているように、間隙〇・〇〇五インチ(約〇・1p.s.i.の剪断力を与えるように計算されている。)にセツトしたコロイドミルを用いて剪断するとされているのに対し(本件公報(二)九頁一八欄三一行ないし三三行、七頁一四欄二五行ないし二九行)、小林鑑定書(一)において本件発明(二)の実施品であるとされている狭間隙コロイドミル(同鑑定書におけるHigh shear colloid mill)により処理された試料のコロイドミルの間隙は二五μ、本件発明(二)の実施品ではないとされている広間隙コロイドミル(同鑑定書におけるLow shear colloid mill)により処理された試料のコロイドミルの間隙は二〇〇μであるところ、本件明細書(二)に記載された前記間隙〇・〇〇五インチは一二〇μであるから、これは、小林鑑定書(一)の狭間隙コロイドミルの条件と一致しないし、むしろ、広間隙コロイドミルの条件に近いと主張するが、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)の実施例5においては、クロム酸鉛顔料に加えた剪断力の有無による顔料スラリーの粒子サイズ分布の変化についての記載があり、間隙〇・〇〇五インチ(約〇・1p.s.i.の剪断力を与えるように計算されている)のコロイドミルにより剪断した試料5-Aと五〇〇〇p.s.i.のホモジナイザーにより剪断した試料5-A及び何ら剪断を加えなかつた試料5-Cを作成し、本件遠心沈降法によりその粒子サイズを測定したところ、試料5-Aでは、粒子サイズ一・四μ如何が七五%、四・一μ以上が一〇%であり、試料5-Bでは、粒子サイズ一・四μ以下が九〇%以上で、四・一μ以上のものは含まないこと、及び試料5-Cでは、粒子サイズ一・四μ以下が約四〇%、四・一μ以上が四〇%近く存在することが示されていることが認められ、また、前掲甲第一七号証の一・二によれば、小林鑑定書(一)においては、狭間隙コロイドミルの間隙は二五μで、その吐出速度は、〇・一四リツトル/分、広間隙コロイドミルの間隙は二〇〇μで、その吐出速度は、六リツトル/分であること、及びクロム酸鉛顔料(YC-2B)を同鑑定書記載の条件下で分散し、本件遠心沈降法により測定した結果は、狭間隙コロイドミルにより剪断したものは、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布の構成を具備しないことが認められ、右認定の事実によれば、小林鑑定書(一)における狭間隙コロイドミルにより剪断したクロム酸鉛顔料は、本件明細書(二)の実施例5の試料5-A、5-Bと同様に本件発明(二)の構成要件Bの構成を具備するものであつて、小林鑑定書(一)が、このような狭間隙コロイドミルにより剪断した試料を用いて、前述のとおりシリカ被覆前後のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布の相関性を認定していることは、何ら異とする必要のないことである。なお、被告の前記主張は、被告製品の粒子サイズは、本件明細書(二)の実施例5記載の測定方法と全く同じ測定方法で測定すべきであるということを前提とするものであるが、その前提自体採用しえないものであることは、前示のとおりであるのみならず、本件発明(二)は、構成要件Bに規定した粒子サイズ分布の構成を具備するように、強力に剪断すれば足りうるのであり、しかも、試料の具体的な剪断条件については、実施例5に記載されたものだけでも二とおりあることからも明らかなように、特定の条件のものに限定されるべきものでもないのである。なおまた、被告は、小林鑑定書(一)は、粒子サイズの測定方法としてグラインドメータを採用しているが、これは、本件発明(二)の「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法」とは全く別異のものであるとも主張するが、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、小林鑑定書(一)においては、本件遠心沈降法により粒子サイズを測定しているのであつて、グラインドメータにより測定しているものではないことが認められる。以上のとおりであるから、小林鑑定書(一)は、本件明細書(二)の実施例5記載の測定方法と異なる測定方法により被告製品の粒子サイズを測定しているとの被告の前記主張は、前(一)の認定判断を左右するものではなく、したがつて、採用するに由ないものである。

(4) 被告は、被告の主張3(四)(1)において、小林鑑定書(一)においては、遠心分離処理の後に秤量すべきデータは一切記載されていないから、その結論は信用しえない旨主張するが、小林鑑定書(一)における実験結果又は測定結果が信用しえないものと認めるに足りる特段の証拠はない。また、被告は、同(2)において、小林鑑定書(一)の二二頁の「実効的なシリカコーテイングを施されている二〇種の試料」とは何か、その測定結果は何が不明であると主張するが、前掲甲第二三号証によれば、その点は、小林鑑定書(二)において明確にされていることが認められる。したがつて、被告の右主張も、いずれも採用することができない。

(5) 被告は、被告の主張3(五)において、本件発明(二)は、アイラー発明からみて新規性がなく、本件特許権(二)は、本来無効とされるべき特許権であるから、本件発明(二)の技術的範囲は、原告主張のように広く解すべきではない旨主張するが、アイラー発明が芯材としてクロム酸鉛顔料を開示していると認めることができないことは、前認定のとおりであり、また、前掲乙第二号証によれば、アイラー発明においては、芯材の粒子サイズが、粉末度〇・〇〇一~〇・一μのもの一〇〇%であることを規定していることが認められるが、クロム酸鉛顔料の単けんよしうの粒子サイズが〇・一~二・〇μ程度であることは、被告自身認めるところであり、更に、前掲甲第一七号証の一ないし三によつても、クロム酸鉛顔料の単結晶の粒子サイズは、電子顕微鏡写真により観察して、定方向径粒度分布(写真のX軸又はY軸方法に沿つて粒子の大きさを測定した結果得られた粒度分布)において、平均粒子径が〇・三六μ、標準偏差が〇・一五μであること、すなわち、七五%以下の粒子が定方向径で〇・〇六~〇・六六μの粒子径の範囲に存在することが認められ、右認定の事実によれば、アイラー発明における粉末度〇・〇〇一~〇・一μのもの一〇〇%という粒子サイズは、クロム酸鉛顔料についてのものではないことが明らかである。また、前掲乙第二号証によれば、アイラー発明の明細書には、「芯材は微細化されていて少なくとも一m2/g以上の比表面積を有するものが望ましい。大部分の固体物質においてこれは粒子寸法が数μ以上にならない事を意味する。1m2/g比表面積の球状粒子では粒子を構成する物質により粒子径が一から五μの範囲にある。」(乙第二号証の訳文四頁四行ないし九行)と記載されていることが認められるが、これが本件発明(二)の構成要件Bの「粉末度四・一μ以上のもの一〇%以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇%」の構成と異なるものであることはいうまでもない。したがつて、被告の右主張もまた、採用の限りではない。

4  本件発明(二)の構成要件C及びDと被告製品の構造の対比

本件発明(二)の構成要件C及びDは、前一の争いのない事実によると、「光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び特に二二〇~三二℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色及び摩擦に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料」というものであるところ、前掲甲第二号証、第五、第六号証及び乙第二一号証の一ないし五によれば、米国特許第三三七〇九七一号の発明は、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国出願に係る発明であるところ、本件明細書(二)には、「本発明による生成物は、前記の米国特許第3370971号明細書に示されている改良シリカ被覆クロム酸鉛顔料粒の利点はすべて備えている。すなわち、この顔料は、従来のクロム酸鉛顔料と比較して、熱および光に対する安定性が増加しているし薬品に対する抵抗性も著しく改良されている。これらの改良効果は、アルカリ、酸および硫化物に対する顔料の反応性が低下していることから明白である。これらの効果はまた、空気中で加熱した場合または成形プラスチツクに対する着色剤として用いた場合のいずれにおいても、光または高温にさらした際の変色に対する抵抗性が改良されていることによつてもわかる。」(本件公報(二)六頁一一欄二三行ないし三五行)、「本発明者の米国特許第3370971号明細書・・・には、ち密な無定形シリカまたはシリカとアルミナで被覆したクロム酸鉛顔料が記載されている。前述の米国特許第3370971号明細書に記載されている顔料は、多くの用途に供した場合、熱および化学的作用に対してすぐれた安定性を示すが、このような顔料は、液体媒質中で摩擦作用を加えるとき、たとえばペイント調合のためにボールミルにかけるときなどに、その光および化学的安定性をかなり失うことがわかつた。この原因は容易につきとめることができず、それを防ぐ方法も明らかではない。本発明に従うと、シリカで被覆する前に、クロム酸鉛顔料を液体スラリとして強力なセン断状態にもたらし、それによつて粒子の10重量%以下が4・1μ以上の粒度をもち、粒子の少なくとも50重量%が1・4μ以下の粒どをもつように加工することによつて、前記のようなシリカ被覆クロム酸鉛顔料の安定性の低下をそ止し、すぐれた安定性をもつ顔料を製造することができる。この場合、セン断りよくよつて、もとの顔料粒子の集合体もしくはアグロメレーシヨンが破壊され、シリカによる一そう効果的な被覆を商事、またその後の被覆した生成物の使用時において破壊するおそれのある被覆されたがんりようのアグロメレートの存在を防ぐことができるものと思われる。」(本件公報(二)一頁二欄二五行ないし二頁三欄一四行)と記載されていることが認められ、また、本件発明(二)は、右の本件明細書(二)の記載及び前2の認定事実から明らかなように、クロム酸鉛顔料にシリカ被覆をする前に、液体スラリーの状態にあるクロム酸鉛顔料をコロイドミルやホモジナイザー等により強力に剪断し、これによりクロム酸鉛顔料粒子のぎようしゆうたいを破壊して、同顔料を本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定されている粒子サイズを持つように加工し、その後できるだけ早くシリカを被覆することによつて、摩擦作用によるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の凝集体の破壊と、その結果生じる同顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下を阻止するという目的及び構成の発明である。したがつて、本件発明(二)の構成要件C及びDにおける「光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び特に二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料」とは、本件発明(一)の改良シリカ被覆クロム酸鉛顔料が有している抵抗性、すなわち、緻密な実質的に連続性のシリカ被覆によつて保護されているクロム酸鉛顔料が、右のようなシリカ被覆によつて保護されていないクロム酸鉛顔料と比べ、変色に対する抵抗性において有意な差異を有していることを規定しているのであり、また、同構成要件C及びDの「摩擦に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料」とは、本件発明(二)の実施品が、本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定する粒子サイズの範囲外のシリカ被覆クロム酸鉛顔料粒と比べ、摩擦に対する抵抗性を有すること、すなわち、摩擦作用を加えた後のシリカ被覆クロム酸鉛顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下が少ないことにおいて有意な差異を有していることを規定しているものと解するのが相当である。被告は、本件発明(二)の構成要件Cにいう変色、摩擦に対する抵抗性とは、すべて本件発明(一)のシリカ被覆されたクロム酸鉛顔料組成物に対して改善された効果をいい、このことは、本件明細書(二)の実施例4において、シリカ被覆前に強力な分散を加えてシリカ被覆をした試料A、B、C、E、Fをシリカ被覆前に強力な分散を加えない標準試料D(本件発明(一)の実施品)と比較していること(本件公報(二)八頁一五欄、一六欄)からも明らかである旨主張するが、前掲甲第五証によれば、本件明細書(二)の実施例4においては、シリカ被覆前に強力な剪断を加えてシリカ被覆をした試料とシリカ被覆前に剪断を加えない試料とを比較して、両試料には石版ワニスによるラブアウト試験における強度に差異があること、及び摩擦作用を加えた後、加熱し射出成形した差異の熱安定性において差異があることを実験により確認していることが認められるところ、右認定の事実によれば、右実施例4においては、剪断を加えていないシリカ被覆クロム酸鉛顔料と剪断を加えているシリカ被覆クロム酸鉛顔料について、ラブアウト試験による強度の差異のほかに、摩擦後の熱安定性の差異、すなわち、摩擦に対する抵抗性が異なる結果生じる熱安定性における差異を実験により確認しているものと認められるのであるから、被告が実施例4を根拠とする点は、理由がないことが明らかであり、また、構成要件Cにいう変色、摩擦に対する抵抗性とは、すべて本件発明(一)のシリカ被覆されたクロム酸鉛顔料組成物に対して改善された結果をいうとする点は、右に説示した本件明細書(二)の記載及び本件発明(二)の目的及び構成に照らし、理由がないものである。したがつて、被告の右主張は、採用することができない。

次に、被告製品についてみるに、前掲甲第二二号証によれば、被告製品のパンフレツトには、被告製品について、「耐熱性、耐硫化性、耐光性、耐酸性、耐アルカリ性等の諸耐性を著しく改良した画期的なクロム酸鉛顔料であります。黄鉛に代表されるクロム酸鉛顔料は、酸、アルカリに不安定であり、又硫化水素のような硫化物に接触すると黒変し、更に熱や紫外線などの影響によつても同様の変褐色をします。これは・・・クロム酸鉛顔料固有の欠点であります。・・・“サイナート”は、顔料表面を活性な金属酸化物で、紫外線による還元を吸収すると同時に、粒子表面が外部環境から遮断されていますので、特に耐熱性、耐硫化性、耐光性、耐薬品性の要求される塗料、プラスチツク、道路よう着塗料等の分野に御使用いただけるものと確信しております。・・・“サイナート”の特徴 (1)耐熱性が特に強化されています。(2)耐酸、耐アルカリ性が優秀であります。(3)耐硫化水素性に優れ、ほとんど黒変しません。(4)耐光(候)性が優れています。(5)分散性も改善されています。」と記載されていることが認められ、また、線形甲第一七号証の一ないし酸によれば、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料は、硫化水素飽和水に一〇分間接触させたときに明瞭に変色するのに対し、被告製品は、右同様に硫化水素飽和水に接触させてもほとんどめんしよくしないこと、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料は、三二〇℃に加熱したときに著しい変色が生じるのに対し、被告製品は、ほとんど変色しないことが認められ、以上の認定の事実によれば、被告製品は、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料と比べて、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料であることが認められる。また、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、攪拌しただけで強力な剪断を加えずにシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)における試料A)と被告製品とでは、それぞれポリブロピレンチツプとともに混交し、ボールミルで攪拌した後、再び水に分散させて軽い超音波に一分間かけた後の、三二〇℃における変色及び硫化水素飽和水と一〇分間接触させたときの変色の度合において顕著なる差異があることが認められ、右認定の事実によれば、同じくシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料であつても、小林鑑定書(一)の試料Aと被告製品とでは、摩擦作用を加えた後の耐熱性、薬品性において顕著なる差異があること、すなわち、摩擦に対する抵抗性が顕著に異なることが認められるのである。更に、被告製品が、本件発明(二)の構成要件Bに規定する粒子サイズの構成を具備するものであることは、前3認定のとおりであるところ、前掲甲第一七号証の一ないし三によれば、スターラにより回転攪拌した後シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)における試料A)と、狭間隙コロイドミル(Hight shear colloid mill)により剪断した那智シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)おける試料C)とを、それぞれポリブロピレンチツプともに混合し、ボールミルで攪拌した後、再び水に分散させて軽い超音波に一分間かけ、これを電子顕微鏡で観察すると、試料Aではシリカ被覆の破断された粒子が多く見られるのに対し、試料Cではこれがほとんど見られないことが認められ、右認定の事実によれば、試料Aは、細かく分散されずに大きな凝集粒子のままでシリカ被覆をされたため、ポリマーチツプとの混合過程で粉砕されやすく、そのけつか、シリカ被覆されなかつた部分が露出してくるのに対し、試料Cのように、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズの要件を充足するもの(小林鑑定書(一)の図-8ないし図-10参照)は、ポリマーチツプとの混合過程でも粉砕されにくく、摩擦に対し抵抗力があることが認められ、右認定の事実によれば、被告製品のように、試料Cと同様に本件発明(二)の構成要件Bが規定する本件粒子サイズの要件を充足するものは、試料Cと同様に、ポリマーチツプとの混合過程でも粉砕されにくく、摩擦に対し抵抗力があることが確認される。以上によれば、被告製品は、別紙目録のA、Bの各(4)記載の構造のものであり、本件発明(二)の構成要件Cを充足するものと認められる。

被告は、本件発明(二)の構成要件Cは、は、本件発明(二)の構成要件A、Bから当然に生ずる効果ではなく、改良クロム酸鉛顔料という物発明としての構成であり、物の構造ないしは定量的な要件と把握しなければならない、しかるに、本件発明(二)の構成要件Cにおいては、「抵抗性」の度合が全く特定されておらず、何を必須要件としたのかが不明である、すなわち、本件発明(一)の実施品も、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液、三二〇℃までの温度に対する抵抗性があるところ、本件発明(二)の抵抗性は、これよにも優れたものであると本件明細書(二)に記載されている(本件公報(二)一頁二欄三〇行ないし二頁三欄八行)、したがつて、本件発明(二)の構成要件Cは、単に「抵抗性」を持つと記載されているだけでは、本件発明(一)の内容と区別しえず、その技術的内容を確定することができない旨主張するが、本件発明(二)の構成要件Cにおける「光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液、二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色に対し抵抗性を持つ」とは、前認定のとおり、本件発明(一)のシリカ被覆クロム酸鉛顔料が有する効果と同じ効果を要件として規定したものであり、被告の主張は、この点においてまず失当であるが、また、被告製品は、前認定のとおり、右の変色に対する抵抗性においては、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料と比較して顕著なる差異を有しているのであり、更に、摩擦に対する抵抗性についても、シリカ被覆前に強力な剪断を加えていないシリカ被覆クロム酸鉛顔料と比較して顕著なる差異を有しているのであつて、右の変色及び摩擦に対する抵抗性については、抵抗性の度合が定量的に特定されていなくとも、被告製品が本件発明(二)の右構成を具備していることは明らかであるといわざるをえない。したがつて、被告の右主張も、採用するに由ないものといわざるをえない。

5  結論

以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件をすべて充足し、本件発明(二)の技術的範囲に属する。

三  前一及び二の認定判断によれば、被告は、過失により被告製品を製造販売して原告の本件特許権(二)を侵害したものというべきであるから、原告にたいし、右侵害行為により原告が被つた損害を賠償すべき義務を負うところ、原告は、第一に、本件発明(二)の実施料相当額は、被告製品一kg当たり三五〇円が相当であるとして、これに基づいて算出した金額を損害として請求するので、この点について検討するに、(1)請求の原因6(一)(1)ないし(3)記載の昭和五三年九月一日から同六一年九月末日までの期間における被告製品の販売数量については、当事者間に争いがない。(2)被告製品の販売価格については、原告は、請求の原因6(一)において、一kg当たり少なくとも八〇〇円を下ることはない旨主張し、被告は、一kg当たり八〇〇円であることは認める旨主張するので、被告製品の販売価格が一kg当たり八〇〇円を下ることはないとの事実は当事者間に争いがないが、被告製品の販売価格が一kg当たり八〇〇円を超えることを認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告製品の販売価格は、一kg当たり八〇〇円であると認めるのが相当である。(3)弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二五、第二七、第二八号証によれば、原告は、菊池工業に対し、昭和五六年五月二九日から同六一年三月一〇日までの期間において、本件特許権(一)及び本件特許権(二)について通常実施権を許諾し、菊池工業は、原告に対し、その対価として、年間三五〇メートルトンまでは一億二〇〇〇万円(一kg当たり三四二円八五銭)を、三五〇メートルトン以上の場合は一kg当たり三五〇円を支払う旨合意していたことが認められる。また、(4)成立に争いのない乙第三一号証の一ないし四によれば、わが国の企業が外国の企業等と技術導入契約を締結した場合の実施料率の例を科学技術庁及び社団法人発明協会が調査した結果を掲載している「実施料率(第三版)」には、被告製品が属する無機科学の分野では、昭和四三年から同五二年までの間におけるイニシヤルペイメントがない場合の実施料率は、全体の五一件の調査例中、実施料率一%の例が四件、二%の例が四件、三%の例が八件、四%の例が五件、五%の例が一七件、六%の例が五件、七%の例が一件、八%の例が二件、一〇%の例が五件あり、最頻値が五%、平均値が四・七八%であることが認められる。ところで、右の(1)ないし(4)の事実によれば、菊池工業が、原告に対し、本件発明(一)及び本件発明(二)の実施料として、原告主張の一kg当たり三五〇円とほぼ同額の実施料を支払つている例があるが、原告主張の道実施料は、被告製品の販売価格である八〇〇円の四三・七五%に当たるものであつて、この販売価格の四三・七五%の実施料率は、右(4)の調査結果に照らしても、高額すぎるものといわざるをえない。しかしながら、本件発明(一)及び本件発明(二)について右のような高額の実施料を支払つている例があること、右の無機科学の分野における実施料率の調査結果によつても、実施料の最頻値が五%、平均値が四・七八%であること、及び本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であつて、前二1認定の目的及び構成の発明であることに照らせば、本件発明(二)の実施料相当額は、少なくとも被告製品の販売の価格五%を下らないものと認めるのが相当である。この点に関して、建国は、菊池工業に対する高額の実施料の例があること及び前記「実施料率(第三版)」に記載された調査結果において実施料率が販売価格の一〇%である例が五件存在することから、本件発明(二)・の実施料相当額は、被告ひいせんの販売価格の一〇%が相当である旨主張し、これに対して、被告は、前記「実施料率(第三版)」に記載された実施料率の平均値が五%であるところ、このような技術導入の場合、特許権等の権利に瑕疵がなく、特許権以外にノウハウの開示も含まれているのが通常であるのにたいし、本件の場合、被告製品は出願前の公知技術そのものの実施であり、かつ、本件特許権(一)について既に無効審決がなされていて、これが無効とされることは明らかであり、更に、本件特許権(二)も実質これと異なるものではないとの事情を斟酌すれば、本件発明(一)及び本件発明(二)の実施料相当額は、被告製品の販売価格に一%を乗じた額を上回ることはないと主張するが、前掲乙第三一号証の一ないし四によれば、実施料率が販売価格の一〇%の例が五件存在するものの、右の一〇%の例は、調査結果に表れた実施料率中の上限を画しているものであることが認められるところ、本件発明(二)が実施料率中の最上限に位置すべき特許発明であることを認めるに足りる特段の証拠はないから、原告の右主張は採用することができず、また、被告製品が本件発明(一)又は本件発明(二)の出願前の公知技術そのものの実施でないことは、前二3(二)(5)説示のとおり本件発明(二)が公知技術に照らし新規性を有しない発明でないこと並びに前一及び二のとおり被告製品が本件発明(二)の技術的範囲に属することから明らかであり、また、本件特許権(一)についてこれを無効とする審決がでていても、本件発明(二)が本件発明(一)と実質的に同一の発明でないことは、前二1から明らかであるから、本件特許権(二)が本件特許権(一)と実質的に異ならないとすることはできず、更に、仮に技術導入の場合、特許権以外にノウハウの開示も含まれているのが通常であるとしても、本件発明(一)及び本件発明(二)については、前認定のとおり、菊池工業に対する極めて高額の実施料の具体例が存することにも鑑みれば、一%の実施料りつというのは、本件発明(二)についての実施料率を、前記調査結果中、実施料率の下限を画している実施料率と同一にすべきであるとするものであつて、相当ではなく、したがつて、被告の右主張も、採用しえないものといわざるをえない。以上によれば、本件発明(二)の実施料相当額は、被告製品の一kg当たり、その販売価格である八〇〇円に五%を乗じて得られる四〇円であると認められる。

原告は、第二に、一kg当たり三五〇円の実施料相当額の主張が認められない場合は、特許法一〇二条一項の規定により、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を原告の損害として請求する旨主張するので、以下この点について判断する。原告は、まず、被告は、本件文書提出命令を受けたにもかかわらず、同明細に記載された文書の一部を提出しただけで、被告製品の製造販売行為により得た利益の額を証する文書を提出しないのであるから、被告が被告製品の製造販売行為により一kg当たり三五〇円、合計三億八三二三円一八〇〇円の利益を得たとの原告の主張は、真実と認められるべきである旨主張するので、審案するに、本件記録によれば、原告は、昭和六一年(モ)第六五二九号の文書提出命令の申立てにおいて、提出すべき文書を「昭和五三年九月一日から昭和六一年九月末日迄の、サイナートイエロー及びサイナートレツドに関する(1)決算報告書、営業報告書、(2)総勘定元帳、(3)出荷台帳、売上帳及び仕入帳、(4)製造原価計算書類、(5)その他名称のいかんを問わず、売上高、原価計算及び利益額を示す文書」、文書の趣旨を「被告が製造、販売したサイナートイエロー、サイナートレツドの売上高、原価計算及び利益額を記録する趣旨で作成された文書」、証すべき事実を「昭和五三年九月一日から昭和六一年九月末日迄の間に、被告が製造販売したサイナートイエロー及びサイナートレツドの、(1)各年度の製造販売数量、(2)右製造販売により被告の得た各年度毎の利益」の記載して同命令の申立てをし、同申立てについて、本件文書提出命令を得たこと、及び被告がこれに対し二種類の営業報告書を提出しただけで、その余の文書は不所持等を理由に提出しなかつたことが認められる。しかし、民事訴訟法三一六条が「当事者ガ文書提出ノ命ニ従ハサルトキハ裁判所ハ文書ニ関スル相手方ノ主張ヲ真実ト認ムルコトヲ得」と規定しているのは、当事者が文書提出命令に従わなかつたときは、裁判所は、当該文書の性質、内容、成立についての相手方の主張を真実と認めることができるとの趣旨であつて、相手方が文書によつて立証しようとする事実を真実と認めることができるとの趣旨ではないから、被告が営業報告書を提出したのみで、本件文書提出命令によつて命じられたその余の文書を提出しなかつたとしても、原告は、前認定のとおり、本件の文書提出命令の申立てにおいて、文書の趣旨を「被告が製造、販売したサイナートイエロー、サイナートレツドの売上高、原価計算及び利益額を記録する趣旨で作成された文書」と記載しているにすぎない以上、このことから直ちに原告主張の被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額をそのとおり認定しえないことはいうまでもない。そうすると、被告の本件文書提出命令に係る文書の不提出の事実から、被告製品を製造販売したことにより得た利益の額は、一kg当たり三五〇円であると認定することはできず、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。次に、原告は、仮に、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額が一kg当たり三五〇円との主張が認められないとしても、被告と同業者である東邦顔料が被告製品と同じく本件発明(一)及び(二)の技術的範囲に属する製品を製造販売したことにより得た利益の額をもつて、被告が得た利益の額を推定することができるもきというべきである旨主張するが、同種の製品を製造販売している会社間にあつても、会社の規模、当該製品の製造販売量、会社の営業状態等によつて、その製品の製造に要する費用、販売に要する営業費用等の費用及び製品の実勢価格等が異なつてくることは、容易に推測しうるところであるから、同種の製品を製造販売しているとの事実のみから、東邦顔料がその製品の製造販売行為により得た一kg当たりの利益の額をもつて、被告が被告製品の製造販売行為により得た一kg当たりの利益の額を推定することは、困難であるといわざるをえない。また、他に被告が被告製品を製造販売したことにより得た利益の額を認めるに足りる証拠はない。したがつて、特許法一〇二条一項の規定に基づく原告の損害についての主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

以上によれば、原告は、被告に対し、本件発明(二)の実施料相当額として、一キログラム当たり四〇円を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ、被告製品の販売数量は、前述のとおり当事者間に争いがなく、(1)昭和五三年九月一日から同五五年一二月末日までの期間が合計で三三万六八六kg、(2)同五六年一月一日から同五八年一二月末日までの期間が合計で四六万三〇八〇kg、(3)同五九年一月一日から同六一年九月末日までの期間が合計で二九万五〇〇〇kgであるから、右各期間における実施料相当額は、それぞれ前記四〇円に右各期間の販売数量を積算して求めることができ、右(1)の期間においては一三四七万四七二〇円、右(2)の期間においては一八五二万三二〇〇円、右(3)の期間においては一一八〇万円であることが認められる。

ところで、被告は、被告が昭和五六年一月一日以降同年九月一〇日までの間に被告製品を製造販売したことによる原告の損害賠償請求件は、時効により消滅している旨主張するので、この点につき検討するに、本件記録によれば、原告は、被告が昭和五六年一月一日から同五八年一二月末日までの期間において被告製品を製造販売したことにより原告の本件特許権(一)又は本件特許権(二)が侵害されたとして、同五九年九月一〇日付訴の追加書を当裁判所に同年九月一〇日に提出していることが認められ、右事実によれば、右訴えの追加書が当裁判所に提出された同五九年九月一〇日の時点において、被告が昭和五六年一月一日から同年九月一〇日までの間被告製品を製造販売した行為については、既に三年の期間が経過していることが認められる。そして、本件記録によれば、原告は、被告が昭和五三年九月一日から被告製品を継続的に製造販売していたことを、遅くとも本訴提起の日である同五六年四月九日には知つていたことが認められるのであるから、右の事実の弁論の全趣旨によれば、被告が同五六年一月一日から同年九月一〇日までの間において被告製品を製造販売していたこと、すなわち、損害及び加害者を右製造販売時には既に知つていたものと求められる。したがつて、右事実によれば、原告の本訴損害賠償請求権のうち、被告が昭和五六年一月一日以降同年九月一〇日までの間に被告製品を製造販売したことによる損害賠償請求権は、時効により消滅しているものといわざるをえない。なお、この点に関して、原告は、昭和五六年四月九日に裁判所に提出した訴状において、被告による被告製品の製造販売行為が本件特許権(一)を侵害するものであるとして、損害賠償を請求し、昭和五七年一月二二日に裁判所に提出した訴状訂正お呼び請求原因の追加の申立と題する書面により、被告による被告製品の製造販売行為が本件特許権(一)をも侵害するものであるとして、請求原因を追加し、そして、右訴状において、昭和五三年九月一日ないし同五五年一二月末日までの期間における被告製品の販売額を損害額の計算の根拠としたが、損害賠償の請求をその期間に限るとの限定をしてはいないから、被告が消滅時効を主張する昭和五六年一月一日から同年九月一〇日までの期間における被告製品の販売行為によつて生じた損害については、右訴状等により請求しているのであるから、時効は中断している旨主張するが、本件のように、被告による被告製品の製造販売行為、すなわち、被告の本件特許権(二)を侵害する行為が継続的に行われ、そのため損害も継続して発生する場合には、侵害行為が継続する限り、日々新たな損害が発生するのであるから、消滅時効も、原告が各損害発生の事実を知つた時から別個に進行するものであり、したがつて、原告が、本件訴状により、被告の昭和五三年九月一日から同五五年一二月末日までの期間における被告の被告製品の製造販売行為について、損害賠償を請求していたとしても、右の請求は、けこれと別個の損害である被告の昭和五六年一月一日から同年九月一〇日までの期間における被告製品の製造販売行為についての裁判上野請求に当たるということはてきない。したがつて、原告の右時効中断の主張は、理由がない。そして、被告による昭和五六年一月一日から同年一二月末日までの期間の被告製品の販売量が一六万七九八〇kgであることは、前述のとおり当事者間に争いがないところ、右期間内における各月の被告製品の販売数量は、特段の事情のない限り、均等であると推定することが相当であると認められるところ、右の特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、被告による同五六年一月一日から同年九月一〇日までの期間における被告製品の販売数量は、一一万六四三五・四五kgであると認められ(167980kg÷365日×253日=116453.45kg)、前記四〇円にこれを積算すると、四六五万七四一八円となる。したがつて、前記(2)の期間において被告が被告製品を製造販売したことにより原告が被つた前認定の実施料相当額の損害である一八五二万三二〇〇円から右四六五万七四一八円減額をした一三八六万五七八二円が、右期間において原告から被告に対し請求しうる損害であると認められる。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、右認定の損害額の合計額である三九一四万〇五〇五二円及び内金一三四七万四七二〇円に対する不法行為の後の日である同五九年九月一一日から、内金一一八〇万円に対する不法行為の後の日である同六一年一〇月九日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度での理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官富岡英次は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 清永利亮)

〈以下省略〉

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